「価値観の問題、かな」

「価値観?」

「うん、考え方の問題だよ。この子たちは望んでここに来たわけじゃないんだろうけど、ここの暮らしもそんなに悪くないかもしれないでしょ?」


そう言われても納得できず、俺を見ている美乃に素直に頷けない。
彼女はクスッと笑って、そのまま話を続けた。


「だって、海は広過ぎてどっちに泳げばいいのかわからないし、もしかしたらどこかで仲間とはぐれてひとりぼっちになるかもしれない……。サメに襲われることもあるかもしれないし、夜の海は真っ暗で、きっと恐いんじゃないかな。それにね……」

「うん?」

「ここにいれば、みんなが会いにきてくれるでしょ?」


それは以前、しばらく絶対安静を強いられて外出許可が出なかった時に、美乃が口にした言葉だった。
あの時の彼女のことを思い出し、胸の奥が少しだけ痛む。


美乃は、魚たちと自分を重ねてる……?


俺の不安を余所に、切なさを孕んだ予想はいい意味で裏切られた。


「ここは海とは違って狭い空間かもしれないけど、ここにいればたくさんの人に出会える。広い海で泳ぐことはできなくてもたくさんの仲間たちといられて、きっと寂しくないと思う。ここにいても、海の中の世界を見ることはできるんだよ」

「そうだな」

「うん! 私も、いっちゃんに会えたんだもん!」

「え?」

「水槽の中だけでしか泳げなくてもね」


首を傾げた俺に、柔らかい笑みが向けられる。


「私ね、ずっと入院生活ばっかりでつらかったけど……。神様がいっちゃんを連れてきてくれたから、今までのことはチャラになっちゃった」


美乃は幸せそうに微笑んだかと思うと、俺に勢いよく抱き着いた。
ただ単純に嬉しくて可愛くて、俺は彼女顔を上げさせてそっとキスをした。


唇を離すと、美乃が照れ臭そうにしながら顔を上げ、俺の頬に口づけた。
俺と彼女は微笑み合い、また優しいキスをした。


ふたりだけの甘く優しい雰囲気の中で、俺たちはずっと笑い合っていた――。