「殴れば、お前もこれが現実だってわかるだろ……」


背筋がスッと冷え、心臓が凍り付いた気がした。
俺には信二の目がひどく冷めているように見えて、考えるよりも先に胸元を乱暴に掴み、右手で力任せに頬を殴った。


「……っ！　つまんねぇこと言ってんじゃねぇぞっっ‼　美乃はっ……お前の妹だろうがっ‼」


勢いよく壁に背中を打ち付けた信二は、程なくして痛みに顔を歪ませながら血が滲んだ口元を拭い、俺の目を射抜いた。


「……気が済んだかよ？」


あまりにも呆れたような声に、頭に上った血が爆発しそうなほどに沸騰する。


「はぁっ⁉　まだそんなこと言ってるのかよっ‼」

「あいつはなぁっ……！　俺の妹で……お前の恋人だろうがっ‼　あいつは最後に、俺や由加でもなく、親でもないっ……他の誰でもないお前に、っ……お前に向かって微笑んだんだぞっ‼」


信二に胸元を掴まれた俺は、なにも言えなくなってその場に立ち尽くした。


「お前が美乃の顔見てやらねぇで、どうするんだよっ‼」


信二の必死の言葉が、一言一句漏れることなく耳に届く。
それなのに、これだけ言われてもまだ信じたくなくて、一歩も動こうとしなかった。


「……来いっ‼」


信二は俺の右腕を強引に掴み、霊安室のドアを開けた。
なんとも言えないようなひんやりとした空間と、居心地の悪い線香の匂い。


俺の視線の先には、細いベッドがある。
そこにはなにかが置いてあって、全体に白い布が掛けられていた。


信二が小さな白い布を取ると、そこに現れたのは見覚えのある美乃の顔だった。
その瞬間、体中の力が抜けていくのを感じた。


恐ろしいくらいの脱力感と、全身の熱が奪われていく感覚。
だけど……不思議と、涙は出てこなかった。