そのあとのことは、よく覚えていない。
気が付くと、霊安室と書かれたドアの前にいた。


「……い、染井」

「え?」

「大丈夫か?」

「……今、何時だ?」


信二の声で我に返った俺の心は妙に落ち着いていて、不思議なくらい穏やかだった。


「……もうすぐ朝の五時だよ。お前、大丈夫か?」


俺は信二の質問には答えず、周りを見渡した。


「美乃は……? 他のみんなも……」

「親父たちと由加はさっき家に帰ったけど、またあとですぐに来るよ。美乃は……中に、いる……」

「中……?」

「霊安室の中……」


すかさず眉を寄せ、鼻で笑い飛ばした。


「はっ……! お前、なに言ってるんだよ⁉ 冗談きついって……」


だけど、目の前の信二があまりにも真剣な顔だったから、言葉に詰まってしまった。


さっきの事は悪い夢だ……。


現実を受け入れることができず、自分自身に必死でそう言い聞かせていた。
それなのに……次の信二の言葉で、現実を思い知らされた。


「美乃に会ってやってくれよ……」

「……ああ、あいつ病室だよな?」


震える声を誤魔化したくて、なんとか顔に笑みを貼り付ける。
信二が頷いてくれることを、心の底から願って……。


「霊安室、だよ……」


直後、俺の願いは一瞬で打ち砕かれた。


「バッ、バカなこと言うなって! お前、本当に冗談きついぞ⁉ いい加減にしないとマジで殴るからなっ‼」


震えそうな声を必死に絞り出し、乾いた笑いを零す。
その引き攣った笑顔で、信二の胸元を軽く叩いた。


「殴れよ……」


すると、信二が聞いたことのないような低い声で静かに吐き捨て、俺を睨みながら続けた。