「い……お、り……」


さっきよりも弱々しい美乃の声は、本当に微かなもので、もうほとんど聞こえない。
そんな状況が、彼女の存在を遠くに感じさせた。


「わす、れ……て……い、い……か……ら……」


力なく微笑んだままの彼女が、確かに俺にそう言った。
そして、ゆっくりと、本当に微かに唇を動かした。


もう、美乃の声は聞こえない。
だけど……俺には、彼女がなにを言いたいのかわかった。


たった五文字の、愛の言葉。


『あ・い・し・て・る』


音にはならなかった美乃の想いが、心にゆっくりと落ちていく。
刹那、体が強張って動けなくなった。


彼女は力なく微笑んだまま、まるで眠るようにそっと瞼を閉じた。
それはあまりにもスローモーションな光景で、瞬きすらできず、息をするのも忘れていた。


 ー ピーーー、――。


耳障りな電子音が、病室内にやけに大きく響いている。


一体、なにが起こってるんだ……?


背後からは、誰かの泣き声が聞こえてくる。
美乃はたった今閉じた目から、一筋の涙を零していた。


「午前二時三十二分、ご臨終です……」


なにが起こったのか理解できていない俺の耳に菊川先生の声が届き、誰のものかわからない啜り泣く声がやけに遠くから聞こえてくる。
他人事のような光景を前にしながら、頭の中でなにかがプツリと切れる音がした。


「……っ、つまんねぇこと言ってんじゃねぇぞっ‼ 医者ならちゃんと治療しろよっ‼ ……美乃を、助けてくれっ……!」


俺は心が張り裂けそうで、無我夢中で叫び続けた。


「頼むっ‼ なんでもいいから、治療してくれよっ……!」


後ろから聞こえてくる泣き声も、なにも言わない先生も内田さんも看護師も、俺を必死で止めている信二も……。
俺には、そのすべて信じられなかった――…。