「今日はありがとうございました」


帰り際、ナースステーションにいた内田さんにお礼を言うと、彼女は優しい笑顔を見せた。


「いいのよ。外出ができてよかったわね!」


内田さんは、笑顔のまま俺の目を真っ直ぐ見たけれど、上手く笑うことができない。
情けない顔なんて見せたくないのに、明るく振る舞うことはできなかった。


「どうしたの? 浮かない顔して……。なにかあった?」


首を横に振って、真剣な表情で口を開く。


「美乃のこと、気をつけて見ててもらえませんか?」

「どういうこと? なにかあったの……?」

「いえ、ただなんとなく嫌な予感がして……。俺の勘違いならいいんですけどね……。もちろん、内田さんたちがいつもちゃんと見てくれてるのもわかってるんです」


無理矢理繕った笑みを浮かべ、内田さんに頭を下げた。


「でも、どうかお願いします……」

「わかったわ。今日は面会時間は終わったけど、もう少ししたらご家族が来ることになってるのよ。念のために、あなたが言ってたことを伝えておくわね。私も気をつけるから」


内田さんは俺の肩に手を置き、再び優しい笑顔を見せた。
俺はもう一度頭を下げ、エレベーターに乗った。


病院の外に出た瞬間、背中に悪寒を感じた。
背筋が凍り付きそうなくらいゾクッとした嫌な感覚に、身震いが止まらなくなりそうだった。


思わず振り返り、美乃の病室の窓を見上げる。
姿が見えるはずがないのに、しばらくその場から動けなかった。


冷たい風のせいだよな……。


体が冷え切った頃、自分自身になんとかそう言い聞かせ、重い足取りで帰宅した。