「ねぇ、いっちゃん」

「ん?」

「私が死んでも、悲しまないでね?」


その言葉で現実に引き戻された俺は、動揺で震えそうな声を必死に絞り出した。


「どうしたんだよ、急に……」

「私……今が本当に幸せだから、いつ死んでもいいと思ったの……。どうせ死ぬなら、幸せなまま死にたいから」


悲しい言葉なのに、美乃の声は落ち着き、その表情は優しく微笑んでいた。
戸惑いを浮かべる俺を見ながら、彼女は穏やかに続けた。


「だけど……だけどね……」

「……ん?」

「もし……私が来年の誕生日まで生きてたら……あの桜、一緒に見に行ってくれる?」

「当たり前だろ? だから、悲しいこと言うなよ」

「いっちゃん……」

「来年の誕生日には、一緒に桜を見に行こう」


喉の奥から込み上げる熱を堪えながら優しく微笑むと、美乃はコクリと頷き、瞳に涙を浮かべながら小さく笑った。


「おいで、美乃」


ベッドに横になった俺は、軽く腕を広げて彼女に笑い掛けた。


「腕枕、してくれる?」

「いいよ、ほら」


悲しみを悟られないように精一杯の笑顔を作って頷くと、美乃は幸せそうに微笑んで隣に寝転んだ。
そして、俺の腕にそっと頭を置いた。


「来年も、あの桜見たいな……」

「見れるよ」


自分自身にも言い聞かせるかのように発した言葉を噛み締め、彼女の額にそっとキスを落とした。


「なぁ、美乃……。結婚しようか……」


美乃の髪を撫でながら囁くように零すと、彼女は少しだけ黙り込んだあとで首を横に振った。


「いっちゃんには、もうすぐ死んじゃう私よりも、もっと素敵な人が現れるよ!」


明るい声でそう言ったのは、きっと美乃の精一杯の優しさだ。
俺はなにも言わずに彼女にそっとキスをして、胸の奥が締めつけられるのを感じながら髪を撫で続けた。