「今、なんて言ったの……?」


最初に口を開いたのは、美乃だった。


「だから、仕事辞めたって言ったんだよ」

「いつ⁉」

「今日……むしろ、今さっきのことだよ」


彼女はようやくその意味を理解したらしく、動揺を見せた。
俺は、三人の視線を浴びながら冷静に話を始めた。


仕事を辞めるのは、前から考えていたこと。
そして、昨夜にその決意が固まり、さっき親方に頭を下げたこと。


「私の、せい……?」


美乃は、最後まで話した俺に悲しそうな眼差しを向け、今にも泣き出してしまいそうな声で訊いた。
俺は首を横に振って、優しく微笑みながら自分の気持ちを言葉にした。


「俺がそうしたかったんだ。だから、自分の意思で決めた」

「でも……」


泣きそうな顔の彼女が、俺の服の裾をギュッと掴む。


「美乃、聞いてほしい。これは、俺が望んだことなんだ。だから、絶対に美乃のせいじゃない」


俺は美乃の瞳を見ながら話し、彼女をそっと抱き締めた。
だけど……。


「どうして……? 私がもうすぐ死ぬから……?」


美乃は、そんな悲しい言葉を口にして俯いた。
そんなつもりはないと否定したいのに、心臓が掴まれたようにヒヤリとしたのは事実で、俺が仕事を辞めることはそれを意味するのかと感じた。


泣き出してしまいそうな美乃よりも先に、俺が泣いてしまいそうになる。
彼女を傷つけたことが、とにかく苦しかった。


そんな意味で仕事を辞めたわけじゃないし、美乃のせいでもない。
いつの間にか、俺の方が彼女から離れられなくなっていたんだ。


顔を上げた美乃は、瞳いっぱいに涙を溜めていた。


「俺は、美乃のことが好きだからっていうだけで、傍にいることを選んだんじゃない。俺が傍にいさせてほしいんだ。だから泣くな」


俺はやっとの思いでそれだけを言って、彼女の涙を指先でそっと拭った。