結局、あの人が誰なのかは分からなかった。
病院の先生にも聞いてみたけれど、名前を名乗ってくれなかったと言われてしまったし……。
「いってきまーす」
また、会えないかなぁ。
何故だか無性にあの人の事が気になってしまう。
どうしてだろう。
たった一度、それも一瞬会っただけなのに……。
「翼」
「昴?」
考え事をしながら玄関の扉を開けると、門の前には昴が立っていた。
「え、おはよう? どうかしたの?」
「……別に。行くぞ」
「え、ちょっと昴?」
そう言うと昴は私のカバンを取って歩いていく。
……正しくは、歩いて行こうとした。
「こーら、そんなんじゃ翼が困ってるよ」
「徹ちゃん!」
歩こうとした昴の肩を徹ちゃんが後ろから引っ張った為、前に進めなかったからだ。
「おはよう、翼」
「おはよう!徹ちゃんまでどうしたの?」
「昨日倒れただろ? だから心配で今日は車で送っていこうかなって思って」
「徹ちゃん……」
そう言って徹ちゃんはニッコリと笑った。
「でも、そんな心配なかったみたいだな。昴が先に来て、ここで待ち伏せしてたみたいだし」
「俺は別にっ!」
昴は少し赤い顔をして、そっぽを向いてしまう。
「と、いうことで今日は特別に優しい徹お兄ちゃんが、昴と翼を車で送って行ってしんぜよう!」
「わーい! ありがとう!」
「……俺までいいのかよ」
「まあ、大丈夫でしょう。何か言われたら兄ちゃんに無理やり乗せられたって言っといてよ」
「……なら遠慮なくー」
玄関を出て、隣の家の駐車場に止まる徹ちゃんの車へと移動すると、私は助手席に昴は後部座席へと乗り込んだ。
「そうだ。当分帰りは昴と一緒に帰ること。いいね?」
「う……。でも、昴の方が嫌なんじゃあ……。私と帰ると友達とどっか行ったり出来ないし……」
「そんなの別にいい」
「でも……」
昴を振り返ると、機嫌の悪そうな表情が見えた。
別にいいって顔してないよ……。
そんな私の心を読んだのか、苦笑しながら徹ちゃんが言う。
「ほら、昴もそんな顔しない。翼も。大丈夫、これは昴から言い出したことだから」
「え……?」
「兄ちゃん!!」
徹ちゃんの言葉を遮るように昴が大きな声を出す。
「昨日の事、俺もだけど昴が凄く気にしてて。自分が一緒に帰ってたらこんなことにはならなかったんじゃないかって」
「そんな……! 昴のせいなんかじゃ……」
「うん、それはねみんな分かってるんだよ。でも、どうしても「なんであの時……」って思っちゃうからさ」
「…………」
心配をかけた上、困らせてまでいる。ということに大変申し訳なく思ってしまう……。
そんな私に徹ちゃんはニッコリと笑う。
「だから、俺たちの為にそうしてくれないかな? 翼の為、じゃなくて俺たちがそうしたいんだ」
「……うん、ありがとう」
小さなころからずっとずっと、この二人はどうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。
私はこの二人に、何が返せるんだろう……。
「ほーら、もう着くよ? さすがに校門の前に乗り付けてとか、職員用の駐車場までお前たちを連れてってのは出来ないからね」
そう言って学校のそばのコンビニの駐車場に徹ちゃんは車を止めた。
「すぐそこだけど気を付けるんだよ」
「俺がついてるから大丈夫」
「それもそうだな」
徹ちゃんが開けてくれたドアから外に出ると、私のカバンを持った昴が隣に並ぶ。
「カバンぐらい自分で持つよー」
「いいから」
「……さすがにそこまでさせると、周りの目が……」
「何が?」
「――それもそうだね」
苦笑しながら徹ちゃんが昴の手からカバンを取ると、私に手渡してくれる。
「ありがとう!」
「それじゃ、いってらっしゃい」
「いってきまーす!」
「……ます」
見送ってくれる徹ちゃんに手を振ると私たちは歩き出した。
「本当に持たなくていいのか?」
「これぐらい大丈夫だよ。ありがと」
「そっか」
差し出そうとした手をポケットに入れると、昴は小さな声で言った。
「昨日、悪かった」
「昴が謝ることじゃないよ」
「――何かあったのか?」
「え……」
「誰かのこと、気にしてただろ」
ぶっきらぼうに、でもその声色には心配を滲ませて昴は言う。
何かあったか、と言われると……。
「何もないよ。ただ……」
「ただ?」
「――ううん、ちょっと苦しくなっただけだから。本当に大丈夫だよ」
心配してくれる昴には申し訳ないけれど……あの人のことは言えなかった。
きっと言ってしまったら、あの人のせいで発作が起きたんだと昴は思う。
そうしたら――。
もう二度と、あの人とは会えないかもしれない……)
あんなに苦しい思いをしたのに、どうしてだろう。
こんなにも……あの人にもう一度、会いたい。
「ならいいけど……。帰りも一緒に帰るからな。先に帰るなよ」
教室につくと、昴はそう言って自分の席に向かう。
その言葉に申し訳なさと……何故か少しだけ残念に思いながら私も席に着いた。