「つーばーさー! 先に帰るよー?」
「ま、待ってよー!!」
大人になるまで生きられない、あの頃そう言われていた私は17歳になっていた。
あの時くれた誰かの心臓は今も私の中で鼓動を刻んでいる。
私を生かすために誰かの命が消えた。
それを理解したのは、手術が終わってドナーの家族の人に手紙を書くときだった。
どこの人かも、年齢も、男性か女性か、それすらも分からないけれどその人のおかげで今私はここにいる。
「あー! 昴ったら本当に帰っちゃったんだ」
グズグズしていた私にしびれを切らしたのか廊下に出ても昴の姿はなかった。
「しょうがないか……。一人で帰ろう」
あの頃ずっと一緒だった昴とは今でも同じ学校に通っている。
もう大丈夫だよ、と何回も言ったけれどお前の為じゃねーし! なんて言いながら同じ高校に進学してくれた。
「徹ちゃんも昴も、優しいんだから」
二人とも手術が終わってからも、ずっと私を守ってくれていた。
「徹ちゃんなんて私にばっかり構ってたら結婚できなくなりそう…」
「なんか言った?」
「徹ちゃん!!」
「……ここでは高峰先生、だろ?」
「高峰せんせー」
廊下を歩きながらぶつぶつ言っていた私を後ろから徹ちゃんが持っていた出席簿でポンっと小突いた。
「…翼一人か? 昴は?」
「帰っちゃったみたい、私がぐずぐずしてたから」
「ったく…。待ってるか? あと少ししたら帰れると思うけど…」
あの頃から変わらず心配性の徹ちゃんは、先生になってからもずっと私を心配してくれている。
……そんな徹ちゃんが少し心配だけど。
「大丈夫だよ、今日はまだ早い時間だし一人で平気だよ」
「本当か?…なら、あまり遅くならないうちに帰るんだぞ?」
「はーい!」
「よろしい」
笑いながら言う徹ちゃんに手を振ると、私は一人校舎をあとにした。
「んー、久しぶりに一人だ!」
だいたいは昴と一緒に家まで帰るから、あまり一人で学校から出ることはない。
……あの時、移植手術で元気になったと言ってもやっぱり両親からしたら心配は絶えないようで。
その気持ちは分かるから、昴や徹ちゃんには申し訳ないけれど二人が傍にいてくれることにずっと甘えさせてもらっていた。
「でも、いい加減に徹ちゃん離れしないと、私が結婚するまで徹ちゃん一人でいたりして…」
……シャレにならない。
そんなことを考えながら河川敷を歩いていると、夕日が沈み始めているのが目に入った。
― ドクン ―
心臓が大きく跳ね上がるのを感じ、思わずうずくまってしまう。
…夕日は嫌い。
手術のあと、拒絶反応もなく私の身体はどんどん元気になっていった。
それまで出来なかったことも出来るようになり、学校も検査以外で休むことはほとんどなくなった。
良いことばかりだった。
ただ、一つだけ……。
真っ赤に燃える夕日が怖くなった。
何故かは分からないけれど、真っ赤に燃える夕日を見ると気持ちがかき乱されて、胸が苦しくなった。
けれど…私が元気になって喜んでいるパパやママ、徹ちゃんたちには言えないでいた。
心配、かけたくないもんね……。
「さーて、帰ろう帰ろう!」
少し苦しくなってきた胸の動悸が治まるのを待って私は立ち上がると、夕日の沈む方へ向かって歩き始める。
「え…?」
視線の先に一人の男の人が、いた。
泣いてる……?
夕暮れ時の河川敷。人がいたって別に不思議じゃない。
でも、なぜか私はその男の人から、目が離せないでいた。
― ドクン ―
「っ……!?」
さっきとは比べ物にならないほどの苦しさが胸を襲う。
まるで…幼いころに起きた心臓の発作のように。
なん、で……。もう心臓は……元気になった、はず……。
思わず地面に膝をついてしまうが、そのまま立ち上がれそうもない。
どうし、よう……たす、けて……。
「大丈夫ですか…?」
目の前に差しだされた手は…さっき見た男の人のものだった。
「はっ…ん、くっ……」
男性が近付くと何故か動悸が激しさを増した。
私はそのまま――優しそうな男性の心配そうな顔を見ながら、意識を手放してしまった……。