「潤君」

帰りの車に乗り込もうとした片岡さんを、実穂さんのお父さんが呼び止めた。

「今日は来てくれて本当にありがとう。――おかげで、私たちの中でも少し……整理が付いた気がするよ」
「そんな……」
「――もう、これで最後にしよう」
「え……?」

実穂さんのお父さんの言葉に、片岡さんの動きが止まった。

「君は今まで十分実穂を愛してくれた。あの子は、生きているときも――そして、死んでからもずっと幸せだったと思う。……次は君が、君自身が幸せになる番だ」
「でも……!」
「君は生きているんだ。いつまでも過去に縛られるのではなく……未来に向いて、歩いて行かなくちゃいけない。そのためには――いつまでもここに来ていてはダメだ」

俯いたまま、片岡さんは何も言わない。

「君には、君の人生を歩いて行ってほしい。それが私たちの――そして、実穂の願いだ」
「は、い……。分かり、ました……」

片岡さんの肩が震えている。けれど、一例をして車に乗り込んだとき――彼の目には、涙はなかった。
ただほんの少しだけ――頬が濡れていた。

「――お待たせ」
「はい……」
「行こうか」

いつまでも頭を下げる実穂さんのご両親に、もう一度頭を下げると私たちは実穂さんの家をあとにした。
家が見えなくなる寸前、振り返ると――実穂さんのご両親が抱き合って……おそらく泣いているのが、見えた。
その瞬間――私の心臓が大きく跳ね上がり……そして、静かに脈打ち始めた。
これが、心臓が私の感情とは乖離して鳴り響く――最後となった。