歩いてすぐだという実穂さんの家へと向かう。どうしてだろう、一歩また一歩と近付いていくたびに心臓の鼓動がどんどんと大きくなっていく。
苦しい、とは違う。けれど――胸が、痛む。
ズキンズキンと心臓の痛みが増した時……大野、と書かれた表札が目に入った。
(ここだ……)
上がってください、というご両親の言葉に背中を押され、私たちは玄関の門をくぐる。そして通された部屋には――小さな仏壇があった。
「実穂……」
片岡さんが、実穂さんの名前を呼ぶ。……その瞬間、私の頬を雫が伝った。
「え……?」
どうして泣いているのか、自分でも分からない。けれど、彼がその名前を呼んだ瞬間――自分の中の何かが弾けるようにして溢れ出してくるのを感じた。
「翼ちゃん……?」
「あら……大丈夫……?」
片岡さんや実穂さんのご両親が心配そうに私を見つめる。けれど、溢れ出した涙はなかなか止まらない。
私は――そっと、仏壇に近付いた。遺影の中で笑う、女の子の写真。きっとこの人が実穂さんだ……。
「すみません……」
慌てて涙を拭うと、心配そうに私を見つめながら、実穂さんのお母さんが口を開く。
「もう5年になるの……あの子が亡くなってから」
「――はい」
座ってねと促され、私たちは用意された席に座る。
「あの子の話は、潤君から聞いたかしら」
「少しだけ……」
「そう――。優しい子でね、移植コーディネーターをしていた私たちに影響を受けて、いつか自分も困っている人の役に立つんだなんてよく言っていたわ」
「移植、コーディネーター……」
その単語に、何故か胸がざわつく。
「ええ……。事故にあった時も――鞄の中にはドナーカードが入っていたの。「一人でも多くの人が助かりますように」そう書いたメモとともに……」
当時のことを思い出したのか、実穂さんのお母さんの目からは涙が溢れる。片岡さんも、口を噛み締めるようにして……黙り込んでいた。
「でもね、そんなあの子だから――潤君のことがずっと心配だったと思うの」
「え……」
実穂さんのお母さんは、涙で潤んだ瞳を片岡さんへと向ける。
「あなたが苦しんでいること、ずっと知っていたのに――今まで何も言えなくてごめんなさいね。でも……あなたは十分にあの子を愛してくれた。あの子は……幸せだったのよ」
「そんな……こと……」
「だから――今度は、あなた自身が幸せになって。それが、あの子のためでもあるのよ」
「っ……」
実穂さんのお母さんの言葉に、片岡さんの瞳からも涙が溢れる。ポタポタと零れ落ちたそれは、テーブルの上を濡らす……。
私はふと、視線を感じて仏壇の方を向いた。遺影の中から、実穂さんがこちらを見つめているのが見えた。
「っ……」
何故か分からないけれど……衝動的に、その遺影に手を伸ばしていた。そっと指先が、写真に触れる。その瞬間――ひと際大きく心臓が跳ね上がった。。
「ああ……」
この人だ。
この人、だったんだ……。
「翼ちゃん、どうしたの……? 大丈夫……?」
心配そうな片岡さんに微笑むと、私は実穂さんのご両親の方を向いた。
そして――。
「――私の、私の話をしてもいいですか」
遺影を握りしめたまま口を開いた私を、怪訝そうな表情で彼らは見つめていた。