私は河川敷への道のりを、足早に歩いていた。

「何で今日に限って……」

授業が終わり教室を出ようと思った途端、担任に呼び止められた。球技大会のプログラム作りを手伝ってほしいとのことだった。なんで私――と思ったけれど、他のクラスメイト達はみんな球技大会の練習に出払っていた。
私だけが参加しない球技大会。ならプログラム作りぐらい協力しないと――それは分かる、分かるんだけど……。

「今日じゃなくてもいいじゃないー!」

何度目かの悪態をつきながらも、足は止まることなく河川敷へと向かう。本当に、待ってくれているだろうか……。

「あっ……いた!」

彼の姿を視線が捉える。その瞬間、心臓が大きく跳ね上がるのを感じた。ドキドキとうるさい胸を、深呼吸して落ち着けると私は彼の名前を呼んだ。

「片岡さん!」

その声に、彼は振り返ると微笑みを向けてくれる――。

(……あれ?)

けれど、いつもなら続けて「翼ちゃん」と呼んでくれる彼の声は聞こえない。不思議に思っていると、片岡さんは視線を元に戻すと、沈みかけている夕日を見つめた。

「あの……」
「…………」

どうしていいか分からず、彼の隣に並ぶ。けれど、彼は口を開くことはなかった。

「遅くなっちゃって、すみません……。担任の先生に捕まっちゃってて……」
「そっか……」
「はい……」

あんなにも弾んでいたはずの会話も、今日はどこかぎこちない。どうして――。

「…………」
「…………」

何か、気に障ることをしてしまったのだろうか。けれど、心当たりがなくて謝ることも出来ない……。どうしたら……。

「――昨日」
「え?」
「あの後、大丈夫だった?」

唐突に片岡さんが口を開く。

「あ、えっと……はい! 心配かけてすみません! 家に帰ってたっぷり寝たらすっかり元気になりました!」
「――そっか」

倒れたことは言わない方がいい、そう思ってとっさについた嘘だったけれど……私の言葉に、片岡さんは何故か顔をゆがめて微笑む。
片岡さん――?

「あの……」
「そうだ、これ」
「え……これって……?」
「誕生日プレゼント」

片岡さんはカバンから小さな包みを取り出すと、私に手渡す。開けてもいいですか?と尋ねると何も言わずに彼は微笑んだ。

「わっ、可愛い……!ありがとうございます!」

中には羽が描かれたマグカップが入っていた。

「何がいいか分からなくて……その、気に入らなかったら――」
「すっごく気に入りました! 大事にします! とっても嬉しい!!」

まさか誕生日プレゼントをもらえるなんて……! 思わず、さっきまでの片岡さんの様子も忘れてはしゃいでしまう。そんな私を見て相変わらず優しく片岡さんは微笑んでくれる。

「喜んでくれてよかった。――翼ちゃん、17歳のお誕生日、おめでとう」

そう言って――彼の手が、私へと伸ばされた……気がした。
けれど、その手は私に触れることなく――宙を彷徨うと元の位置へと戻される。

「あの……」
「――いや、何でもない」

膝の上でギュッと握りしめられた彼の手――気付けば私は、その手に自分の手を重ねていた。

「翼、ちゃん――?」
「っ……あの! 片岡さん……! 私……!」

心臓の音が、ドキドキと鳴り響いて自分の声が上手く聞こえないほどうるさい。

「私……片岡さんのことが……」

そんな私を片岡さんが見つめる。

「片岡さんのことが、好きです――!!」

その二文字を口に出した瞬間――心臓がひときわ大きくなるのを感じた。

「…………」
「…………」

恥ずかしくて彼の方を見ることが出来ない――。その後の言葉も上手く続けることが出来ない。なのに――握りしめたままの彼の手を、ずっと離せないでいた。

「――翼ちゃん」

どれぐらいそうしていたのか……。彼の手を握りしめた私の手のひらにじっとりと汗をかき始めた時、片岡さんが私の名前を呼んだ。

「俺、好きな子がいるんだ」
「え……」
「だから、翼ちゃんの気持には応えられない。――ごめんね」

そう言う彼の顔は、夕日に照らされて上手く見ることが出来ない……。けれど、どうしてだろう……片岡さんの表情が何故か辛そうに見えた……。