カーテンの隙間から光が差し込む。

「ん……朝……?」

結局、あのまま朝まで眠ってしまっていたらしい。まだ少しダルい身体をどうにか起こすと、シャワーを浴びるために一階へ向かった。

「おはよう、翼。身体は大丈夫……?」
「おはよう。大丈夫だよ、心配かけてゴメンね」
「今日はお休みした方がいいんじゃ――」
「ううん、もう平気。シャワー浴びてくるね」

心配そうに言うママの言葉を遮ると、お風呂場へと駆けこんだ。
どうしても、あの頃の私が頭から離れないようで――それは仕方がないことなんだろうけど、でも……。

「ごめんね、ママ」

少し熱めのお湯で身体を流すと、少しすっきりする。

「今日だけは――どうしても行きたいんだ」

あまり無理はしないようにするから、と心の中で呟くと用意しておいた制服に着替えた。
リビングを覗くと、見慣れた姿がそこにはあった。

「徹ちゃん?」
「おはよう、翼。体調は大丈夫?」
「うん、もうすっかり。昨日はありがとう」

そう言いながらも、視線はついついママの方を見てしまう。
もしかしなくても――。
そんな私の心を読んだのか、苦笑しながら徹ちゃんが言う。

「そんな目でおばさんを見るなよ。――昨日言っただろ? 今日学校に行くなら送っていくからって。だから来ただけだよ」
「そう、なの?」
「そうなの」

そっか、と席につくと用意されている朝ご飯を食べる。その間も徹ちゃんは優しく私を見守ってくれている。

「――そろそろ」
「あ、うん」

のんびりとご飯を食べていると徹ちゃんが立ち上がる。
いつもより少し早いけれど、徹ちゃんの出勤時間を考えると遅いぐらいで――。慌てて私は席を立つと、荷物を取りに部屋へと向かった。

「翼」
「え?」

階段を下りてきた私に、ママが声をかけた。

「どうしたの?」
「――17歳のお誕生日おめでとう」
「あ……」
「今日まで元気に育ってくれてありがとう。ずっと心配なままの小さな子な気がしていたけれど――こんなにも大きくなっていたのね」
「ママ……」

ママの声が震えているのが分かる。

「いつまでも小さな子じゃないことは分かっているんだけど……ごめんなさいね」
「ううん――私の方こそ、ごめんね……」
「謝ることなんてないのよ。――いってらっしゃい。今夜は翼の好きなものを作っておくからね」
「ありがとう」

いってきます、と声をかけて玄関を出る。
そこには、よかったなと言わんばかりの表情で徹ちゃんが待っていた。

「ママに何か言ってくれたの?」
「別に? たいしたことは言ってないよ」

私の手から荷物を取りながら、徹ちゃんは笑う。
相変わらずお兄ちゃんのように優しい徹ちゃん。

「――ありがとう」
「どういたしまして。さ、車に乗って学校に向かうよ」

隣の家のガレージまで移動すると、助手席のドアをそっと開けてくれる。
――あれ?

「そういえば、昴は?」

一緒に行くもんだとばかり思っていたので、誰も乗っていない車を見て不思議に思い徹ちゃんに尋ねる。
そんな私に徹ちゃんは、何故か視線を逸らすようにしながら口を開く。

「あいつは――朝練があるんだって」
「……そうなの?」

朝練、の時間にはまだ早いような気がするけれど……私が知らないだけで、今日は早く集合しているのだろうか?

「だから今日は翼だけ。さ、行くよ」

助手席のドアを閉めると、徹ちゃんは運転席に乗り込んでエンジンをかけた。
いつもと同じ道を走りながら学校へと向かう。なのに――車の中に二人きり、という状況に何故か息苦しくなるのを感じる。

(――隣にいるのは、徹ちゃんなのに……)

チラリと隣を盗み見ると、真剣な表情でハンドルを握る徹ちゃんの姿が見える。

「…………」
「…………」
「……何?」
「え?」
「さっきから、ジッと見てるから」
「べ、別に!」

慌てて視線を逸らすけれど、そんな私を徹ちゃんが笑う。

「変な翼だな」
「失礼な!」
「ホントのことだろ」

いつものように笑う徹ちゃんの姿を見ると、息苦しさが消えるのを感じる。

(よかった……普段通りだ)

この間から、少し徹ちゃんの態度が違う気がしていたけれど、やっぱり気のせいだったのかな。そう思っていると、「そうだ」と徹ちゃんが言った。

「ダッシュボード開けてくれないか?」
「え?」
「早く」
「はーい」

手を伸ばして目の前のダッシュボードを開けると……小さな箱が入っていた。

「え……?」
「開けてみてよ」
「……これって」

中には小さなモチーフのついたブレスレットが入っていた。

「誕生日おめでとう」
「ありがとう……!」

早速腕に付けると、モチーフがきらりと光って可愛い。可愛いんだけど――。

「ん? どうした?」

不思議そうな顔で徹ちゃんがこちらを見る。喉元まで出かかった言葉を飲み込むと、茶化すように私は言った。

「徹ちゃん……いつも女の子にこういうことしてるの?」
「してないよ! なんで?」
「なんか、慣れてるから?」
「そんなことないよ――!」

そう言う徹ちゃんの頬が、少し赤くなっているのが見えた。

「ふふ……」
「なに」
「なんでもなーい」
「何だよ……」

笑う私を見て、もう一度徹ちゃんは変な翼、と言ってまた前を向いた。

――よかった。
私は視線をブレスレットに向ける。決して安物ではないそれの意味を、分からないほど子供じゃない。
けど……今は――。

(このままの、関係で――いさせて……)

ごめんね、と思いながらも……受け入れることのできない感情に気付かないふりをして、いつものように幼馴染の顔で私は徹ちゃんの隣に並ぶ。
そんな私に気付いているのか……徹ちゃんが、アクセルを踏む足に力を入れたのが分かった。