「――翼ちゃん?」
「は、はい!」

 何度目かの彼の呼びかけに慌てて答えた私を、片岡さんは訝しげに見つめた。

「やっぱり今日の翼ちゃん、変だよ? 具合悪いんじゃないの? 今日は無理せずに帰った方がいいよ」
「でも……!」

 もう少し、もう少しだけ一緒にいたい――。
 そんな私の想いを知っているのかいないのか、しょうがないなと片岡さんは苦笑いを浮かべた。

「明日もここにいるから、今日はもう帰りなさい。無理して寝込むことにでもなったらせっかくの誕生日が台無しだよ」
「あ……覚えていてくれたんですか?」
「覚えてるよ。――明日、17歳になるんだよね」
「はい!」

 何気ない会話の中で伝えた誕生日。それを覚えていてくれたなんて――。

「そんな日に体調を崩すなんて嫌でしょ? だから今日はゆっくり休みなさい」
「……はーい」

 確かに片岡さんの言う通りだ。言う通りなんだけど……。

「そんなに不服そうな顔をしない」
「う……」

 帰りたくない気持ちを見透かしたかのように、片岡さんは言う。でも、しょうがないじゃない。不満な気持ちを隠せられるほど、まだ大人じゃないのだから……。

「しょうがないな……」

 小さく片岡さんは笑った。

「明日、ここにいるって言ったけど訂正するよ」
「え……? どういう……」
「明日は――」
「や、やだ! 私が文句ばっかり言ったから!? 言うことをきかなかったから!? だから、呆れて明日はもう来ないってこと……?」

 思わず片岡さん言葉を遮って彼の服を掴んでしまう。だって――さっきは明日もここにいるって言ったのに……!
 でも、そんな私に――片岡さんは優しく笑った。

「ばか。早とちりしすぎだよ」
「え……?」

「――明日は、ここにいるんじゃなくて……ここで翼ちゃんが来るのを待ってるから。だから、また明日ここで会おう?」

「っ……!!」
「約束、ね」
「はい!!」

 微笑みかけてくれる片岡さんに勢いよく返事をすると、そんな私に彼は笑った。つられて私も笑う。
 笑いあう私たちを、まだ赤くなり始める前の太陽が優しく見守っていた。