「翼」
その時、私を呼ぶ声が聞こえた。
「――徹ちゃん?」
そこには、私と片岡さんの姿を見つめる徹ちゃんの姿があった。
「どうしたの? 今日お仕事は?」
「もう終わったよ。ここにいるって――昴から聞いて、迎えに来たんだ」
「昴から?」
どうして昴が私がここにいることを知っているのだろう――。
「片岡さん、でしたか? 翼が倒れた時に助けて頂いてありがとうございました」
「えっと……」
「高峰 徹といいます。翼の――保護者のようなものです」
「そうですか、片岡です。助けたなんてそんな。救急車を呼んだだけですので」
「いえ、お礼を申し上げようと思っていたのですが遅くなってしまいすみません」
徹ちゃん――?
普段の優しいトーンとは違い、どこか固くて……冷たい徹ちゃんの声。
「さ、今日のところは帰ろう?」
「あ、うん! 片岡さん、それじゃあまた!」
「気を付けて帰ってね」
私に手を振った後、徹ちゃんに頭を下げると片岡さんは帰り道を歩いて行く。私は――徹ちゃんに促されるまま車へと乗り込んだ。
「――知ってたんだね、私がここにいること」
「ん?」
「さっき徹ちゃんが昴に聞いたって言ってたから……」
「ああ……」
正面を向いたまま、こちらを見ようともせず徹ちゃんは答える。
「たまたま練習が早く終わった日に見かけたって言ってたよ」
「そうなんだ。声かけてくれればよかったのにー」
「――翼は……」
「何?」
徹ちゃんは、何かを言いかけてやめる。そんな態度が気になって、思わず運転席に座る徹ちゃんの方を見ると……徹ちゃんは何故か辛そうな表情をしていた。
え……?
「徹ちゃん……?」
「いや、なんでもないよ。さっき見てて思ったんだ。なんか翼、楽しそうだなって」
「そう、かな?」
「うん。――だから、よかったなって」
「そっか……」
そう言う徹ちゃんは、いつもと同じように優しい表情で……私の知っている、徹ちゃんだった。
見間違い……?
そう思えるぐらい、さっきの表情とは違っていて――。
「徹ちゃん」
「うん?」
「――ううん、なんでもない」
ざわつく気持ちを抑えると、私は窓から見える夕日をジッと見つめた。
そんな私の姿を――徹ちゃんが見つめていたことには……気付かないふりをした。