ガヤガヤとする教室で、帰り支度をした昴が私の席にやってきた。

「準備できた?」
「もうちょっと待ってー」

 慌ててカバンに教科書を詰め込む私を待つ昴の姿を、クラスメイトたちは慣れた様子で――でもどこかニヤニヤしながら見ていた。

「お待たせっ」
「んじゃ、行くよ」

 そんな視線なんて気にならないようで……昴はマイペースに教室を出て行く……。
 あの日から一ヶ月、毎日繰り返されるこの風景に最初はクラスメイト達に好奇の目で見られたけれど……いつの間にか当たり前になってしまった。

「何をグズグズしてたの?」
「昴が早いだけだよ」
「違うね、翼が遅いんだよ」

 呆れた風に言いながら歩く昴に追いつこうと、少しだけ小走りになる。

「あっと、ごめん。早かった?」
「ううん、大丈夫だよ」

 そんな私に気付いたのか、昴が少しだけ歩調を緩める。こういうところは相変わらずだ。
 いつだって私に合せてくれる。そんな昴の気持ちが有り難くて……少しだけ申し訳なくもあった。

「そうだ、翼。今日――」
「おい、高峰」

 何かを言いかけた昴の言葉を遮るように、誰かが昴を呼んだ。

「……なんですか」
「何ですかじゃない」

 振り返った私たちの後ろにいたのは、現国の先生だった。

「今日提出のプリント、出してないのお前だけだぞ」
「げ……! 明日じゃ……」
「今日の5時まで。それを過ぎたら受け取らないからな」

 現国のプリント……? もしかして――。

「宿題の――? 出してなかったの?」
「忘れてた」
「昴……」

 昴がカバンの中を慌てて探ると、真っ白のプリントが出てきた。そのプリントと先生を見比べた後――昴は小さくため息をついた。

「ごめん、俺これ提出しなきゃいけないから」
「うん、わかった! じゃあ今日は私一人で――」
「いや、すぐ終わらすから兄ちゃんとこにでも行っといて! 多分数学準備室にいると思うから!」

 そう言うと、昴は先生に連れられて国語準備室へと入って行った。
 私は――言われたからには仕方なく、数学準備室のある棟へと向かった。

「――それで、ここに来たわけか」
「そうなの。一人でも大丈夫なんだけど…」
「まあ、昴も心配してる訳だしな」

 ちょっと過保護だけどね――そう言って徹ちゃんは笑う。

「はい、まあこれでも飲んでてよ」

 そう言うと、マグカップにカフェオレを入れて渡してくれる。

「美味しい……」

 少し甘めのカフェオレは、優しい味がした。

「昴も心配なんだよ、あんなことがあった後だからね」
「分かってるんだけど……」

 分かってはいるけれど、複雑だ。このままだとずっと昴は責任を感じたままなんじゃないんだろうか……。
 あんなの昴のせいなんかじゃないのに――。

「つば……」
「しつれーしまーす!早見さんいますかー」
「昴……」

 何か言おうとした徹ちゃんの声は、再び開いた扉の向こうに立っていた昴のそれによって遮られた。

「遅くなった。さ、帰ろ」
「う、うん――。あの……」
「――気を付けて帰れよ」

 何を言おうとしたの? そう問いかけようとしたけれど、そこにいたのは幼馴染の徹ちゃんではなく……優しい表情を浮かべた高峰先生だった。

「失礼します」
「しますー」

 ピシャッという音とともに、昴は扉を閉める。閉まったドアの向こうで、徹ちゃんがどんな表情を浮かべているか、私は知らない──。