3
「何度もお邪魔して申し訳ございません。しかもこんな夜分に」
礼儀正しく、仁は頭を下げた。
「何を仰ってるんです。やあ、またお越し下さって嬉しい限りです。なあ婆さんや」
「そうですよ。さあさ、そんなところで立ってないでおあがり下さいませ」
瞳の祖父母は仁の両側から引っ張るように家の中へ入れようとした。仁も目的があるので今回は堂々としたものだった。
「先輩がまた来てくれたなんて、嘘みたい」
瞳は目を潤わせていた。
「誰か来たのか?」
メガネをかけた男性が奥から首だけ出して仁を見ていた。
すでに上がりこんだ仁が廊下を歩いているとき、そのめがねの男性とばっちり目が合った。
そしてその男性がいる部屋へ通されると、背筋を伸ばして挨拶した。
「初めまして。瞳さんと同じ高校に通います新田仁と申します。お昼にお蕎麦をご馳走になりまして、そのお礼として参りました。ちょっと貰い物で申し訳ないんですけど、お蕎麦がとても美味しかったのでどうしてもお礼がしたかったんです」
不自然じゃないだろうか、少し堅苦しくないだろうかと仁は冷や汗をかいていた。
目的のためなら仕方がない。やるところまでやるしかない。
覚悟を決めた仁は、正座をして持っていた箱を両手で畳を滑らすように相手に差し出した。
「ほう、今時の学生さんにしては律儀で礼儀正しいな。これはこれはわざわざすみません。あっ、私は瞳の父親の八十鳩徳一郎です。仁君でしたな。そういえばお噂は聞いております。良子先生の甥ごさんでしたね」
徳一郎もかしこまって挨拶をする。
「そんな堅苦しい挨拶は抜きにして、さあさあこちらへお座り下さい」
祖父が座布団を差し出し、仁はそこへ座った。
隣にちゃっかりと瞳が座り、祖母も嬉しいとばかりに笑みを浮かべて徳一郎の横に座った。
祖父はテーブルの一番端に座わり、まるで議長のように両者側を見ていた。
花梨は頂いた箱を有難いと受け取り、一度奥に引っ込んでから、暫くして飲み物をお盆に載せて戻ってきた。
その間、他愛のない話が進み、仁は破れかぶれで対応していた。
「でも、先輩、そんなにお祖父ちゃんの蕎麦が気に入ってくれてたなんて」
「いや、あれは本当に美味しかった。家に帰っても、そればっかり頭に浮かんで」
調子のいい言葉だったが、ここは例え嘘を並べ立てても乗り切るしかない。
仁と瞳が楽しそうに話しているところを祖父母は目を細めて見ている。
いい具合に運んでいると仁も心に余裕が出てきた。
そこへ花梨が飲み物が入ったグラスを差し出し、仁は頭を下げた。
「新田さん、受験でお忙しいのに大丈夫ですか?」
心配そうな花梨の眼差しは別の意味が込められているようだった。
「はい、その、大丈夫です。はははは」
笑いで誤魔化し、さらに間を持たせるために「いただきます」と出された飲み物を早速手にして口をつけた。
「花梨さん、新田さんにはあっちをお出しした方が。いい地酒があったはずだ」
祖父が指図した。
「お義父さん、新田さんはまだ未成年ですよ。お酒をお出しできるわけないでしょ」
「何を言っておる。ここではそんな法律関係ないわい。わしがいいと言ってるんだからいいんじゃ」
頑固そうな祖父に、仁も苦笑いになった。
「いえ、やはりそれはまずいかと……」
仁はやんわりと断った。
「お父さん、仁君は高校生だ。これから受験もひかえているし、学校に知れて困ることはやめて下さい」
徳一郎に言われて祖父はしゅんとした。
「あの、僕が二十歳を過ぎたときに一緒に飲みましょうね。お祖父さん」
「おお、そうじゃのう、そうじゃのう」
仁は益々祖父に好かれ、徳一郎も仁の対応に好感を持った。
仁は時々腕時計で時間を気にしては、本題に入るきっかけを探している。
なんとしても山神に繋がる情報を聞き出したくて、瞳にとにかく話題を振った。
「そういえば、瞳ちゃんは石にペイントするのが上手いよね。いつ頃からそういう趣味を持ったの?」
「幼稚園の頃だったかな。偶然石の形が小さな鳥に見えて、それで目を描いたのがきっかけだったかも」
「瞳は器用な子で昔から絵を描くのが好きだったんですよ。特に動物を描いては、それを擬人化してたもんだった」
徳一郎が言った。
「だって、おじいちゃんが昔話を話すとき、人に姿を変えられる動物たちがいて山神様を守っているっていつもいうからさ」
瞳の話は仁にとって願ってもない話題だった。
これならすぐに山神の話にこぎつけると仁が口を出そうとしたとき、花梨が横から会話をさらった。
「ところで、新田さんはどちらの大学をご希望されてるんですか?」
全く違う話になり、仁は悔しがる。
思うように事が運ばないことに苛立つも、無理に笑った。
「将来は獣医になりたいと思ってますので、獣医学部のある大学を考えてるのですが、狭き門なのでどこかに引っかかればとまだこれといった希望はないんです」
「先輩なら大丈夫です」
瞳が力んでガッツを送る。
「もしだめだったら、農業もいいですよ。ねぇ、お爺さん」
「そうそう」
祖父母はどうしても婿入りに話を繋げたいようだった。
「しっかりと目標を持ってるところが素晴らしい。是非とも頑張って下さい」
徳一郎はうんうんと首を数回振って感心していた。
「ありがとうございます」
これでは山神の話には持っていけない。正座もしていたので痺れもあり体がムズムズしだした。
「これで皆わかったでしょ。新田さんは勉強で忙しい身なんだから、あまり長くお引止めしては失礼ですよ」
お昼の状態が続いていたら花梨の言葉は助け舟として有難かったが、目的を持って侵入してきたこの時は余計な言葉でしかなかった。
これでは自分が帰らないといけない雰囲気に流れていく。タイムアップと言われているようだった。
ここは怪しまれてもいけないと仁は潔く諦める。
「本当に夜分遅くに突然お邪魔してすみませんでした。お礼を伝えたかっただけなので、僕はこれで失礼します」
「先輩もう帰っちゃうの」
瞳だけじゃなく、祖父母も同じように残念がる。
徳一郎ももう少し話をしてみたいような物足りなさだったが、花梨は誰とも目を合わさずにこりともしてなかった。
仁はその花梨の表情をみてどこか違和感を覚える。
花梨が仁を早くここから排除したがっているように思えてきた。
仁は立ち上がったが、足の感覚が痺れておかしく、生まれたての小鹿のようによろよろとして、勢いあまって隣にいた瞳に倒れ掛かってしまった。
仁は瞳を押し倒したような形で瞳とまじかで顔を合わせていた。
「何度もお邪魔して申し訳ございません。しかもこんな夜分に」
礼儀正しく、仁は頭を下げた。
「何を仰ってるんです。やあ、またお越し下さって嬉しい限りです。なあ婆さんや」
「そうですよ。さあさ、そんなところで立ってないでおあがり下さいませ」
瞳の祖父母は仁の両側から引っ張るように家の中へ入れようとした。仁も目的があるので今回は堂々としたものだった。
「先輩がまた来てくれたなんて、嘘みたい」
瞳は目を潤わせていた。
「誰か来たのか?」
メガネをかけた男性が奥から首だけ出して仁を見ていた。
すでに上がりこんだ仁が廊下を歩いているとき、そのめがねの男性とばっちり目が合った。
そしてその男性がいる部屋へ通されると、背筋を伸ばして挨拶した。
「初めまして。瞳さんと同じ高校に通います新田仁と申します。お昼にお蕎麦をご馳走になりまして、そのお礼として参りました。ちょっと貰い物で申し訳ないんですけど、お蕎麦がとても美味しかったのでどうしてもお礼がしたかったんです」
不自然じゃないだろうか、少し堅苦しくないだろうかと仁は冷や汗をかいていた。
目的のためなら仕方がない。やるところまでやるしかない。
覚悟を決めた仁は、正座をして持っていた箱を両手で畳を滑らすように相手に差し出した。
「ほう、今時の学生さんにしては律儀で礼儀正しいな。これはこれはわざわざすみません。あっ、私は瞳の父親の八十鳩徳一郎です。仁君でしたな。そういえばお噂は聞いております。良子先生の甥ごさんでしたね」
徳一郎もかしこまって挨拶をする。
「そんな堅苦しい挨拶は抜きにして、さあさあこちらへお座り下さい」
祖父が座布団を差し出し、仁はそこへ座った。
隣にちゃっかりと瞳が座り、祖母も嬉しいとばかりに笑みを浮かべて徳一郎の横に座った。
祖父はテーブルの一番端に座わり、まるで議長のように両者側を見ていた。
花梨は頂いた箱を有難いと受け取り、一度奥に引っ込んでから、暫くして飲み物をお盆に載せて戻ってきた。
その間、他愛のない話が進み、仁は破れかぶれで対応していた。
「でも、先輩、そんなにお祖父ちゃんの蕎麦が気に入ってくれてたなんて」
「いや、あれは本当に美味しかった。家に帰っても、そればっかり頭に浮かんで」
調子のいい言葉だったが、ここは例え嘘を並べ立てても乗り切るしかない。
仁と瞳が楽しそうに話しているところを祖父母は目を細めて見ている。
いい具合に運んでいると仁も心に余裕が出てきた。
そこへ花梨が飲み物が入ったグラスを差し出し、仁は頭を下げた。
「新田さん、受験でお忙しいのに大丈夫ですか?」
心配そうな花梨の眼差しは別の意味が込められているようだった。
「はい、その、大丈夫です。はははは」
笑いで誤魔化し、さらに間を持たせるために「いただきます」と出された飲み物を早速手にして口をつけた。
「花梨さん、新田さんにはあっちをお出しした方が。いい地酒があったはずだ」
祖父が指図した。
「お義父さん、新田さんはまだ未成年ですよ。お酒をお出しできるわけないでしょ」
「何を言っておる。ここではそんな法律関係ないわい。わしがいいと言ってるんだからいいんじゃ」
頑固そうな祖父に、仁も苦笑いになった。
「いえ、やはりそれはまずいかと……」
仁はやんわりと断った。
「お父さん、仁君は高校生だ。これから受験もひかえているし、学校に知れて困ることはやめて下さい」
徳一郎に言われて祖父はしゅんとした。
「あの、僕が二十歳を過ぎたときに一緒に飲みましょうね。お祖父さん」
「おお、そうじゃのう、そうじゃのう」
仁は益々祖父に好かれ、徳一郎も仁の対応に好感を持った。
仁は時々腕時計で時間を気にしては、本題に入るきっかけを探している。
なんとしても山神に繋がる情報を聞き出したくて、瞳にとにかく話題を振った。
「そういえば、瞳ちゃんは石にペイントするのが上手いよね。いつ頃からそういう趣味を持ったの?」
「幼稚園の頃だったかな。偶然石の形が小さな鳥に見えて、それで目を描いたのがきっかけだったかも」
「瞳は器用な子で昔から絵を描くのが好きだったんですよ。特に動物を描いては、それを擬人化してたもんだった」
徳一郎が言った。
「だって、おじいちゃんが昔話を話すとき、人に姿を変えられる動物たちがいて山神様を守っているっていつもいうからさ」
瞳の話は仁にとって願ってもない話題だった。
これならすぐに山神の話にこぎつけると仁が口を出そうとしたとき、花梨が横から会話をさらった。
「ところで、新田さんはどちらの大学をご希望されてるんですか?」
全く違う話になり、仁は悔しがる。
思うように事が運ばないことに苛立つも、無理に笑った。
「将来は獣医になりたいと思ってますので、獣医学部のある大学を考えてるのですが、狭き門なのでどこかに引っかかればとまだこれといった希望はないんです」
「先輩なら大丈夫です」
瞳が力んでガッツを送る。
「もしだめだったら、農業もいいですよ。ねぇ、お爺さん」
「そうそう」
祖父母はどうしても婿入りに話を繋げたいようだった。
「しっかりと目標を持ってるところが素晴らしい。是非とも頑張って下さい」
徳一郎はうんうんと首を数回振って感心していた。
「ありがとうございます」
これでは山神の話には持っていけない。正座もしていたので痺れもあり体がムズムズしだした。
「これで皆わかったでしょ。新田さんは勉強で忙しい身なんだから、あまり長くお引止めしては失礼ですよ」
お昼の状態が続いていたら花梨の言葉は助け舟として有難かったが、目的を持って侵入してきたこの時は余計な言葉でしかなかった。
これでは自分が帰らないといけない雰囲気に流れていく。タイムアップと言われているようだった。
ここは怪しまれてもいけないと仁は潔く諦める。
「本当に夜分遅くに突然お邪魔してすみませんでした。お礼を伝えたかっただけなので、僕はこれで失礼します」
「先輩もう帰っちゃうの」
瞳だけじゃなく、祖父母も同じように残念がる。
徳一郎ももう少し話をしてみたいような物足りなさだったが、花梨は誰とも目を合わさずにこりともしてなかった。
仁はその花梨の表情をみてどこか違和感を覚える。
花梨が仁を早くここから排除したがっているように思えてきた。
仁は立ち上がったが、足の感覚が痺れておかしく、生まれたての小鹿のようによろよろとして、勢いあまって隣にいた瞳に倒れ掛かってしまった。
仁は瞳を押し倒したような形で瞳とまじかで顔を合わせていた。