ホテルのロビーのソファに腰掛けて、夫人はカフェに一人で座り、ノートパソコンと向き合う男性を指差した。夫人よりわずかに年下だろうか。一見すると真面目で、人妻と恋に落ちる、なんて非倫理的な行為とは無縁の男性のように見えた。

「あいつから、記憶を消してほしいの」

 夫人にそう頼まれると、私はいつも通りの要領で、男性の背後に近寄り、誰かがこちらに視線を送っていないのを確認すると、一気に首の後ろをつかんだ。


 夫人から代金を一括で受け取ると、私はそのまま自宅へ帰るつもりであったし、帰ることができるはずであった。夫人があんな余計なことさえしてくれなければ。

「超能力者さん、ありがとうね」

 そういうなり、夫人は私の頬に自らの唇を押しつけた。

 欧米かぶれか、と私がいらだちまじりに夫人を押し返した時だった。

 ふと、ホテルのロビーのガラスの向こうに目をやると、信じられない光景があった。