「壮大なスケールが、一つ一つの文字に、その作家によって敷き詰められてる。視覚から伝えられるすごい情報量にちょっとパンクしそうになるくらい。踊るような、歌うような、そんな気持ちでそのうち波に乗って。なのに、終わった途端のあの喪失はなんなんだろう。サーファーがサーフボードへし折られた、みたいな。子どもがお気に入りのおもちゃ取り上げられた、みたいな?
置いてけぼりにしないでってちょっとね。夢から醒めた感覚が苦手なんだろうね」
恥ずかしい話だけど、あんまり字の多い本を読んだことがなかっただけに、ミオの言うことが今一つピンとこなかった。でも前に、高二の頃だったろうか。現国の授業中、パラ見していた教科書に珍しく気になる小説があって、授業そっちのけで黙読していたのにめちゃくちゃ気になるところで終わった瞬間、茫然自失になった記憶はある。
以来、学校の教科書に載っている物語は最後まできちんと書かれているものしか読まないようになった。曲のワンフレーズを聴かされてその全貌を汲み解けなんて、だって土台無理な話じゃないか。
「その点、絵本はなんかこう、すとんってくるの。
短いからかな。平仮名が多いのもなんだか落ち着く。丸っこくて可愛い、伝えたいことを凝縮してて」
「聞く人によっちゃ反感買うからその辺にしとけ」
「でも恭平に思い出して欲しかった」
「お前が見つけ出せなくても、俺はちゃんと覚えてるよ」
隅々までとは言わない。
でも本当に大切で失くしたくないものは人間、忘れたりなんかしないもんだ。ただ、思い出せないだけで。
節々だけで浮かんで泣きそうになるのに全てをあてがわれたらどうなってしまうのか不安で。
強がって吐き出した言葉に、「わすれられないおくりもの」を抱きしめたミオはそっか、と笑った。
「覚えてるんなら、大丈夫だね」
無邪気な、屈託のない笑顔だった。
☾
そのあとミオの病室でしばらく、彼女が厳選したという絵本の数冊に目を通したりした。普段なら多目的ホールで子どもたちと遊んだり絵本の読み聞かせをする時間帯だったけど、俺がわざわざ出向いたことに引け目を感じたのか、そういった話にはならなかった。口を挟もうとするこっちの意さえ介さなかった気がする。
それともわかっているから、わからないふりをしていたのか。
なあ、ミオ。
俺、明日でいなくなっちゃうんだぞ。そしたら自分がどうなるか知ってて、なんで笑ってんだ。どうしたら伝えられるんだ。傷つけないで、どうすれば。
そして無情にも、夜は来る。