部屋は何もなく、がらんどうだった。
青空のソファーも、雲のクッションも、タンスも何もかも。
全部消えて。
真っ暗な部屋に、兄と私。
見知らぬモスグリーンの分厚いカーテンの隙間から、月の明かりが静かに差し込んでくる。
真新しい畳の上に、白い線が出来ていた。
「ベランダに枯れた鉢があったから、多分そうだろうなって思ってた」
「え……」
「渡したかったんだろ、あれも、この手紙も」
兄は、私が握りしめるピンクの便箋を見た。
私の手に、兄の手が重なる。幽霊同士は触れ合う事は勿論、体温も感じる事が出来るらしい。
……あたたかい。
「大丈夫。ちゃんと母さん達に届いてるよ。この部屋を片付けに来た時、見つけてくれた。鉢植えもな」
兄の言葉に頷いた。
そうだ。
そういえばさっき見たんだ、私。
テーブルの上に置かれた家族写真と、このピンクの便箋を。
仏壇の脇に置かれた、小さな観葉植物を。
あれは夢の世界ではなく。
私の魂が母の許へ飛んだ、一瞬の現実。
「心残りがあってこの世に残ってたのは、私の方だったんだね……。お兄ちゃん、私が心配だから戻ってきてくれたの?」
「手のかかる妹の世話は、兄貴の仕事だからな。まあ、お前と約束してたし。“俺が実家に連れてってやる”って」
最後まで手に残っていた、私の夢の残像。
本当はずっと言いたかった、仲直りの言葉と「ありがとう」を囁いた……手紙。
砂が零れ落ちる様に。
霧が空気に溶ける様に。
さらさら、キラキラ、消えていく――。
「お母さん……泣いてた」
「ああ」
「守れなくてごめんね、って」
「だから、誰のせいでもないってのに……。母さんも、お前も……」
「私達、親不孝者だよね。親より先に死んじゃう、とか」
「まあな。でも、これから親孝行すればいいだろ」
「え?」
意外な言葉に、私は兄を見上げた。