その日の夜、私は久しぶりに夢を見た。

 実家にいる夢。

 鮮明なイメージ。

 仏壇のある和室に行くと、薄暗い中で母がひとり座っていた。

 テーブルの上には、ピンクの便箋と家族写真。

 母は、小さな声で写真に向かって呟いている。

『真一、ごめんね。ちゃんと守ってあげられなくて、ごめんね……ごめんね、』

 声と背中が揺れていた。

 私は思わず、仏壇へ目を向ける……。


 ***


 目を覚ました時は朝ではなく夜中。

 開けた目からは、ぼろぼろ涙が零れてくる。

 私は涙を拭う事も忘れて、タンスの引き出しを探った。

 一番上の段、右側の、小物をしまう小さな引き出し。

 そこから、一通の封筒を出した。

「やっぱり、それか……」

 封筒から便箋を取り出したところで、後ろから兄が声をかけてくる。

 音も無く背後に立った兄へ、私は振り向いて言った。

「お兄ちゃん。私……」

「思い出したのか?」

「私……私も、あの事故で死んでたんだね……」

 くしゃりとピンクの便箋を握りしめて。

 私は唇を噛んだ。

 

『真一、ごめんね。…ちゃんと守ってあげられなくて、ごめんね……ごめんね、優子…!』



 母は、そう言って泣いた。

 私の…名前?

 視線を向けた仏壇。

 そこには、

 笑顔の兄と並ぶ、もう一つの笑顔があった。

……私、だった……。

 それを見た瞬間、全部理解して。

 そして私は思い出した。

 甦る記憶――。



 左手足に走る激痛。全身が自分の物では無いような、不思議な感覚。ぼんやりしてくる意識。

 その中で、兄の声を聞いた。かすれた小声……「……ゆうこ、大丈夫か……、しっかり、しろ…」

 それが、最期。

 私は……兄よりも先に、逝ったのだ。


 夢か現実かわからなくなりそうだった数日間。

 幽霊の兄と過ごした数日。

 これは全部、現実だ。

 ただこの部屋は、

 幽霊の私が作り出した、夢……。

 まぼろし。