「……なるほどね、花音さん」

 スッ……と。

 本当にスッと、一瞬で、それまで笑っていた結城さんの瞳が細くなった。

「……え?」

 楽しげにではない。からかってる感じでもない。

 薄茶の瞳が、ただ冷淡に。声には、何も色が無く。

(な、なに?)

 私は、驚くよりも先に背中に走った悪寒に、自分でも戸惑うばかりだった。

(どうしたの、結城さん……)

「貴女は、強い流れに抗う為に必要な賢さも、お持ちの様だ」

 品定めするみたいな鋭い視線。いつもの穏やかそうな雰囲気とは、まるで真逆な空気を感じる。

「……いいですね、益々気に入りましたよ」
「っ!」

 バンッ!

 慌ててボタンを押したら、叩くように激しくなってしまった。指先が痛んだけど、今はそんな事気にしてる場合じゃない。再び開いたドアがまた閉まったら大変だ。私は結城さんの腕をすり抜け、外へと飛び出した。

(何!? なんか怖いっ……!)

「私にはいちいち理由なんて要りません。触りたければ触る。攫いたければ攫う。それでいいんです。だって貴女は――」

 そんな言葉が聞こえた気がした。数メートル背後、小さな音で。

 低音の声は、さっきからずっと迫力と威厳のようなものを持ち続けていて、それに凄く気圧される。今日の結城さんは、今までの彼と別人なんじゃないかと疑いたくなった。

 声も雰囲気も、向けられるたびに怖いと感じた。だから、本当は一目散に逃げたかったんだ私。バスにだって遅れちゃうし。

 それなのに、お馬鹿にも恐る恐る振り返って、空耳の真偽と、結城さんの姿を確認したくなってしまうなんて。

 ああ、きっと。こういうのを、怖いもの見たさっていうんだ……。

「ホラ、早くしないと遅れちゃいますよ? いってらっしゃい。バイト頑張ってくださいね」
「……え。あ……はい……?」

(え?)

 穏やかな微笑み。静かな口調。振り返ったそこには、初めて会った時と同じ紳士的な姿。あれ? さっきまでの怖い人、一体どこに?

 コロコロ変わる結城さんの雰囲気に、私の頭ん中は疑問符だらけになる……。

「では、また後で」

 そんなもんだから、にっこり愛想よく笑う結城さんの言葉にも、私はただポカンと呆ける事しか出来なかった。