「おっと」
「あ」

 ドアはほぼ閉まりかけていたのに、伸ばされた手にそれを阻まれた。がこん、と音を立てたドアは手に弾かれ開き、飛び込み乗箱? を迎え入れる。

(ちっ。間に合っちゃったか)

 私はこっそり舌打ちしていた。

 しかし、結城さんの長身が持つコンパスを考えれば、それもまぁあながち不可能ではない、……とも言えるんだけど。

――けどさ。

 この人さっき玄関から出て来たばっかりじゃん! 何なの、その素早過ぎる行動は……!

「良かった……間に合いました。……花音さん、足速いんですね。随分」
「……は、はは……」

 何とも渇ききった笑いしか返せず、私は結城さんの笑顔から視線を外した。

 随分、の部分を強調された気がするのは、私に後ろめたい気分があったからなんだろうか……。でも、心なしか爽やかな笑顔から変なオーラを感じる様な気もするんだけど。

 狭い箱の奥に進んだスーツ姿を視線の隅に捉えつつ、私はやっと行き先へのボタンを押した。四角いボタン“1”が点灯する。続いて、さっき連打した“閉”のボタンを。

「それとも……今朝限定で速いのでしょうか?」
「………」

 うっ。逃げたのバレてるっぽい……。

 中々閉らないドアと後ろからの視線は、何とも居心地が悪い。知らぬうちに、私の指は再びボタンを連打していた。

「別にそんなに逃げなくても」

 結城さんは、クスクス笑いながら言った。

「心配しなくても、いきなり捕って喰う様な荒っぽい事はしませんよ。――つまみ食い程度はありますけど」
「はいっ!?」

 反応しなかったドアがやっと閉まったのにホッとしたのも束の間、長身の気配が一歩前に出、こちらに近寄るのが分かり。

 慌てて振り向く。今、何て言ったっ!?


「ホラ、せっかく喰い付いたのに、焦って引き上げると逃がしちゃうでしょう? 要はタイミングなんですよね」
「な、何の話ですか!?」
「何って……。――“釣り”の話です」

 ニコリと答える爽やか顔。「最近ハマってしまいまして」なんて平然と続ける。嘘をつけ、嘘を。絶っ対に違うよね、ソレ!

 不穏な発言の後に突然話題を変えられても、ちっとも信憑性が感じられない。

「へぇー……。釣り……」
「面白いですよ? 意外に緊張感ある駆け引きとか、特に」

 そこで結城さんは言葉を止めた。

 エレベーターが止まりドアが開く。止まったのは私達が乗った階のすぐ下……。朝の時間帯は利用者が集中する事がよくあるので、それ自体は特別不思議ではないものの……。

 今日は、少し様子が違っていた。ホールには誰も待っていなかったのだ。もしかしたら、中々来ないエレベーターに業を煮やして階段を使ったのかもしれない。

 そう思いつつドアを閉めるべくボタンを押したのだけど、さっき同様ドアの反応は鈍く、中々閉まらず。

 私は、またしてもボタンを連打する羽目になった。もうっ、何なんだ今日は!