「じゃあ、明日もここに来て。夜の八時に待ってるから」


そんな私に、男性は交換条件だと言わんばかりに告げた。


「なんで私が……」


「君じゃないと意味がないんだ」


「意味がわかりません。とにかく、離してください」


「もちろん、タダでとは言わない。ちゃんと君にメリットがあるようにするから」


会話になっていないのはきっと気のせいではなくて、思わずため息が漏れたあとから不快感と苛立ちが募り出す。


メリットなんていらないから、私を解放して欲しい。


早く帰りたいのに相変わらず左腕は掴まれたままで、こんな時に限って人が通らないなんてツイていない。


自力でどうにかするしかないことを悟り、話の通じない相手を前にどうやってこの場から離れようかと考えていると、男性の手に力がこもった。


「ダメだ」


吐き出されたのは、とても真剣な声音。


私を見つめる瞳はまるで細い糸に縋りつくようで、そこからはたしかに不安げな色や弱々しさが覗いているのに……。


真っ直ぐな黒目がちの瞳に、力強く吸い寄せられる。


目を、逸らせなかった。


なぜか私が離れればこの人が消えてしまいそうな気がして、彼の瞳を真っ直ぐ見つめたまま動けなくなってしまった。