「……ぶっ!?」


転ぶと思ったのに、顔面を軽くぶつけただけだったけど……。


「わっ、ごめん! 大丈夫!?」


降って来た慌てたような声に顔を上げた瞬間、心臓が跳ね上がった。


鼓動が大きくなったのは、恐怖心のせいなのか、それともそれ以外の理由なのかはわからない。


ただ、自分が見知らぬ男性の胸の中に飛び込んでいたことに驚き、慌てて飛び退いた。


「大丈夫? 怪我してない?」


ぎこちなく頷いた私は、少しだけ痛む鼻の頭を軽く抑えながらとにかく逃げ出すことだけに神経を集中させようと試みたけど、足ごと前に出した体は掴まれた左腕によってそれ以上進むことを許されなかった。


咄嗟に振り返りながら口を開いたものの、彼と目が合った瞬間に放とうとした言葉を呑み込んでしまった。


「お願い、俺を助けて」


縋るような瞳で落とされたのは、まるで懇願。


彼がなにを望んでいるのかはもちろん、私に頼んで来る理由もわからないのに、その表情にほんの一瞬だけ心が揺らいだのがわかった。


だけど……。


「離して」


私は、彼を見つめたままはっきりと言った。


見知らぬ人の頼み事を聞くほどお人好しではないし、そもそも恐怖と不安はまだ残っているのだから。