「ごめん。怖かったよね?」


まだ私の口から手を離していないのに、落とされたのは優しい声音。


矛盾しているような態度の男性への恐怖心で声は出なかったけど、体の震えが止まったことに気づく。


次の瞬間、初めて彼の顔をまともに見た。


お互いの視線が真っ直ぐにぶつかり、なんの隔たりもなく見つめ合う私たちの間には沈黙が下りた。


思わず息を呑んだのは恐怖心からではなく、なぜか泣きそうな顔をしている男性の瞳が優しげなものだったから。


決して安心できる状況ではないのに芽生えたはずの恐怖心は和らぎ始め、まだ足を動かすことはできないままだったけど抵抗しようという気持ちは薄まっている。


「あの、本当にごめん……。驚かせるつもりじゃなくて、ただ君にお願いがあっただけなんだ」


私を真っ直ぐ見つめたまま紡がれたのは、決して難しい内容ではないけど理解不能な言葉。


だって、私に頼み事をしてくるような人は、家族くらいしかいないはずなのだから。


「……えっと、叫ばないでね?」


男性から視線を逸らすことができずにいた私は、呼吸がしやすくなったことに気づく。


それは彼が私の口もとから手を離したからなのだと理解したあと、不安混じりの小さな笑みが向けられた。