「さすがに座れないか」


その声にハッとして顔を上げると、私に背中を向けて指先でベンチに触れたクロが苦笑しながら振り返った。


「あそこに戻る?」


「ここでいいよ」


少しだけ悩んだけど、今は歩く時間すら惜しい。


彼を追ってその背中を見ているよりも、向かい合って言葉を交わしていたかった。


「あと十分くらいだしな」と再び時計に視線を遣ったクロにつられて、慌てて視線を上げる。


残り十三分だと知り、時間が刻まれていくことに胸が痛んだ。


雨はやんで、時間は進む。


『やまない雨はない』とか『いつだって時間は進んでいく』とか、どこかで聞いたことがある言葉たちの意味をこんなにも重く感じたのは初めてで、誰でもいいから時間を止めてほしいと願った。


「千帆」


そんな私を呼んだのは低い声で、いつもよりも真剣味を帯びた声音になにかを感じて彼を見ると、真っ直ぐな視線が向けられていた。


「……明日、話すから」


暗に込められた“すべてを”という意味を理解し、本当に明日が最後なのだと思い知らされたけど……。


私は泣かないように努めることで精一杯でひと言も発せなくて、今にも溢れ出しそうな涙と切なさを隠して微笑を浮かべると、ただ小さく頷いた──。