「今の千帆、普通に楽しそうだよ。俺、今みたいな千帆の方がいいと思う」


不意にクロから優しい眼差しを向けられた瞬間、鼓動が大きく跳ねたのがわかった。


胸の奥がキュッと締め付けられたような気がして、心臓がトクントクンと速度を増していく。


少しだけ苦しくて、そのせいで一瞬だけの呼吸の仕方を忘れたような気がしたけど、決して不快ではない。


ただ、こんな風に感じた記憶はなくて、その知らない感覚に戸惑ってしまった。


「千帆? どうかした?」


「なっ、なんでもないっ!」


彼に顔を覗き込まれてドキッとした私は、咄嗟に体を引いて強く返したけど……。


「顔、赤くないか?」


その言葉で頬に熱が集まっていたことに気づいて、ますます顔が熱くなった。


「あっ……暑いだけ! 暑くない⁉︎」


「そりゃ夏だし。でも、さっきまでは──」


「とにかく暑いの!」


怪訝そうなクロに強く言うと、彼は一瞬だけ黙ったあとでふっと笑った。


「そんなに必死にならなくても、ちゃんと聞こえてるから」


「別に必死じゃない!」


「わかったわかった」


小さな子どもを宥めるように話すクロに調子を狂わされて、微笑む彼のペースにまた流されていく予感がした。