戻った席に体を預けると、入野は「ずいぶんとお疲れのようね」と声を掛けてきた。

「まあな」

「なにかあったの?」

「別に大したことじゃない。昨日の帰宅後、母親に十キロの米を買ってこいと命令を下されただけだ。別に勾配二十パーセントの坂をなんの変哲もないママチャリで上ったくらいでは全然疲れなどしない」

「なるほど。ママチャリで坂を上ったのが疲れたのね。それにしても、十キロもの米を自転車で買ってこいだなんて、結構なお母様ね」

「彼女は鬼だ。仕事とわんこが最優先。息子であるおれは送料無料のインターネット通販のようなもの。まあ、わんこさえ大切にしてくれればおれの扱いなどどうでもいいが」

「紫藤は犬が好きなの?」

「ああ。だいぶ前に親父が拾ってきた子犬が今、成犬となって我が家を癒やしている」

「へえ。名前はなんていうの?」

「おちゃまる。名前だけでもかわいいだろ?」

「……そうね、首に風呂敷を巻いた柴犬が想像できるわ」

「柴犬――ああ、あの子か。それくらいなら知ってる」

「実際のおちゃまるちゃんの犬種はなんなの?」

「さあ。雑種じゃないか? ただ、それがまたかわいいんだよ。おとなしくて人懐っこくて」

「ふうん。じゃあ、わんぱくでちょっと人見知りをするような子は紫藤の好みではないと?」

「馬鹿野郎。そういう子にはおちゃまるとは違ったかわいさがあるんだろうが。おれは動物に振り回されたい系人間だ、人見知りなんておれ好みすぎる」

「人間にそんな系統があるのは知らなかったけど。つまりその系統に属する人間は、動物好きを極めた人ってことかしら?」

「入野、意外と物分かりがいい部分もあるんだな」

「なによ、そう思ってなかったんじゃないでしょうね」

「いつ貴様の物分かりのよさが発揮されたよ。もっと前に発揮されていたなら、恐らくもう、貴様は自由の身だよ」

「ひどいこと言うわね。誰が平々凡々な雰囲気しか持っていない十代の少年を神様だと思うわけ?」

「本人が言ってるのだから事実だろうが」

「本当に紫藤の頭の辞書には嘘という言葉がないのね」

はあと入野は息をついた。