ヴェルト・マギ―ア ソフィアと黒の魔法教団

「ああ、くっそ!」

これから警察署に届けようとしていたのに何で落としちゃうんだ!

「あるとするなあ学校の中になるけど、校門を通る時は確かにあったはず」

そうなると校門近くで落としたことになる。

「誰かに拾われる前に戻らないと!」

そう思って走り出そうとした時だった。

「――っ!」

突然地面が大きく揺れた。地震ではなく何かの衝撃によって揺れる、そんな感じの揺れだった。それに今まで感じたことのない強い魔力を感じた。

「この魔力はなんだ……?」

鳥肌が立つくらい嫌な感じがする魔力だ。

「いったいどこから?」

強い魔力を感じた方へ目を向けた時、見知った場所で赤い光が見えた。

「あそこはっ!」

赤い光が見えた先には、さっきまで俺がいた学校があった。学校の敷地内からは黒い煙が上がっていて、学校の頭上には大きな魔法陣が浮かんでいる。

「あれは……召喚魔法の魔法陣?!」

ここからだと何を召喚する魔法陣なのかはっきりと見えない。

俺は急いで学校に向かって走り出す。

「校内で爆発が起こったのか?」

学校に近づいて行くに連れて、近隣の人たちがこちらに向かって逃げて来るのが見えた。生徒たちも次々と学校の外へ出て来ている。

校門前に着き魔法陣を見上げた時俺は瞳を丸くした。

「……ドラゴン?」

学校の頭上にはワイバーンらそき竜が空に向かって吠えていた。

「何でワイバーンがあそこに!?」

ワイバーン以外にも、数多の小竜たちが夜空を飛び回っているのが見える。

俺は外に避難して来ている生徒たちの中からソフィアの姿を探した。

「ソフィア! どこにいる?!」

しかし何度ソフィアの名前を呼んでも、ソフィアから返事は返って来なかった。
それどころか姿すら見当たらない。

「まさかあいつ……」

煙が上がる校舎を見上げた時だった。

「アレス君!」

後ろから声を掛けられて直ぐに後ろを振り返る。

「君は確か……」

そこには見覚えのある子が息を切らして立っていた。

「ミッシェルさんだっけ?」

「そうです!」

ミッシェルさんは俺に駆け寄ると縋るように俺の腕を掴んだ。

「お願いします……ソフィアを助けてください!」

「ソフィアがどうかしたのか!?」

目に涙を浮かべたミッシェルさんは、学校の方へ目を向けるとその先に指をさした。

「あのワイバーンや小竜たちが突然寮の方に現れたの!」

それはおそらく誰かが召喚魔法を使ったせいだろう。でもあれだけのワイバーンや小竜を召喚するとなると、人間一人だけの魔力じゃ補いきれない。

いったいどんな手を使ったんだ?

「フードを被った変な人たちが現れて、先輩たちから何かを抜き取っていったの!」

「っ!」

「私も抜かれそうになって、ソフィアが助けてくれたの……」

俺は学校の方を睨みつけた。

フードを被った連中は教団で間違いない。この学校で強い雫を持っている人から、全て抜き去っていくつもりなのか?!

「ソフィアはどこに居るんだ!」

「西棟の方だよ」

「ありがとう! 君はここから離れるんだ。ここに居たら危ないから」

ミッシェルさんにお礼を言い俺は学校の中に向かって走り出した。

今から行ってあいつらを捕まえることが出来るか分からないけど、ソフィアの雫も狙われかねない。

早く行かないと!

「って! 西棟ってどっちだ?!」

今日見ていた見取り図の記憶を頼りに、俺は中庭に向かって走って行く。そんな俺の姿に気がついたのか、数匹の小竜が俺に向かって飛んできた。

「ちっ!」

俺は右手を小竜たちに向けて構える。
「氷の精霊よ、大気の精霊よ、その力を集結させ目前の者に、数多の槍を降らせよ、氷の槍(グラースランス)!」

数多の氷の槍が小竜たちに直撃し、小竜たちはそのまま落下していく。氷漬けにされた小竜たちを見つめ、俺は西棟に向かって走り出す。

「召喚魔法で呼び出された小竜たちは、そんなに強くないか……」

上級生の先輩なら小竜とワイバーンを相手にするのは苦じゃないだろう。しかし学校の一部を爆破され、突然ワイバーンや小竜たちが姿を現したら、パニックになって戦いどころじゃないはずだ。

「きゃあああ!」

「助けてくれ〜!」

目の前から生徒たちの声が聞こえてきた。

右手を構え俺は小竜たちに向かって突っ込んで行った。
「きゃああ!」

放った魔法が跳ね返され私は勢いよく壁に叩きつけられた。

「かはっ!」

叩きつけられたと同時に体に激痛が走る。私は肩を抑えながらゆっくりと立ち上がる。

「ソフィア!」

遠くの方でテトの呼ぶ声が聞こえる。

なぜこんなことになっているのか、それは数分前に遡る――

♢ ♢ ♢

夕食を終えて部屋で勉強していたとき、ふと嫌な魔力を感じた。

「……この魔力は?」

どこからか感じる嫌な魔力に疑問を抱き部屋の外に出た時だった。

「な、なに!?」

学校全域を激しい揺れが襲い体育館方から爆発らしき音が聞こえた。

「ば、爆発……?」

爆発音がした方へ目を向けると、体育館から黒い煙が上がっているのが見える。異変に気づいた寮の子たちも次々と外へ出て来る。

「いったい何の音?」

「おい、あれ見ろよ!」

「も、燃えてるぞ!」

体育館の方から上がっている煙は、風に流されてこちらの方まで流れてきていた。

「あれ……やばいんじゃないか?」

「逃げないと!」

生徒の一人が校門に向かって走り出した時、頭上からドラゴンの鳴き声らしき声が聞こえた。それを聞いた私は空を見上げて目を丸くした。

「わ、ワイバーン?!」

全身は赤い鱗で覆われ不気味に輝く紫色の瞳は、こちらの様子を伺うように向けられていた。

手足の先から生えている鋭い爪や、先が尖っている尻尾に当たったら大怪我じゃすまないだろう。

そして学校の頭上には大きな魔法陣が浮かんでいる、ワイバーンたちはそこから姿を現し、それ以外にも小竜たちが次々と出て来ている。

「あれは召喚魔法!」

どうして召喚魔法の魔法陣があんなところに?!

「どうしたの……ソフィア?」

テトが眠そうに目をこすりながら出てきた。

「テト出てきちゃ――」

激しい突風が辺りを襲うと、一匹のワイバーンが私たち目掛けて飛来して来る。
「わ、ワイバーン!?」

ワイバーンは口を大きく開けると、咆哮(ブレス)を撃つための体勢に入った。

「テト!」

「にゃっ?!」

テトを抱き上げ飛行魔法を使った私はその場から離れる。その場を離れたと同時に、私たちが居た場所めがけてワイバーンが咆哮を放つ。

「な、何よあれ!」

「こっちが聞きたいよ!」

テトにそう言いながら飛ぶ体勢を整え、夜空を飛んでいるワイバーンたちを睨みつけた。

間近でワイバーンの咆哮を見てしまった生徒たちは、血相を変えると慌てて学校の校門に向かって走り出す。

「きゃあああ!」

「だ、誰か助けてくれ!」

「こ、殺される!」

生徒たちの声に気がついた数匹のワイバーンたちは、逃げて行く生徒たちに狙いを定めると一斉に飛来し始める。

私はその内の一匹に向かって両手をかざす。

「氷の精霊よ、大気の精霊よ、その力を集結させ、その力を持って目の前の竜の体を穿て、氷の槍!」

幾つもの氷の槍がワイバーンの体に直撃する。

しかしワイバーンは唸り声を上げるだけで、翼に刺さっている氷の槍をばたつかせることで粉々に砕いてしまう。

「だったら!」

今度は空に向かって両手をかざす。

「雷を纏いし神鳥よ、その身をもって目の前の者に雷の一撃を与えよ、雷神鳥(サンダーバード)!」

ぴかぴかと光を放つ雷雲が頭上に集まり、その中から姿を現した雷神鳥は大きく翼をばたつかせると、ワイバーンに向かって飛んで行く。

「いくらワイバーンでも雷には耐えられないでしょ!」

雷神鳥とワイバーンが激しくぶつかる中、雷神鳥は翼を大きく広げると雷の力を集めるように翼に魔力を注いで行く。翼に魔力が溜まった雷神鳥は、ありったけの雷を翼に纏いワイバーンの体を包み込む。

「よしっ!」

苦しそうに吠えながら暴れるワイバーンを逃さないように、雷神鳥は包み込む翼に力を込める。
「あれだけの雷を受けたら硬い鱗を持つワイバーンといえど、しばらくは動けないでしょう」

「そうだね」

そっと息を吐いて地面に足を付いた時だった。

「黄色雫の魔法使いにして高度な魔法を使いこなすとは、なかなか良い雫を持っているな」

「っ!」

直ぐ近くで声が聞こえ、風で流れて来る煙の方へと目を向ける。

「……誰?」

歩いてくる靴の音が響き、煙の中からフードを被った人たちが姿を現した。

「……もしかして!」

「我々は黒の魔法教団です」

赤黒のフードを被った男が一歩前に出るとそう名乗る。周りに居た灰色のフードを被った人たちは、赤黒のフードを被った人だけをその場に残して、辺りに散らばるように姿を消した。

「黒の魔法教団って……」

「雫を抜き回っている連中よ」

男の様子を伺いながら肩の上でテトがそう耳打ちする。

「君はソフィアで間違いないかな?」

名乗ってもいないのに名前を呼ばれて目を見開く。

どうして私の名前を知っているのだろう?

「……だったらどうするの?」

「これは運がいい」

フードを被った男は嬉しそうに夜空を仰いだ。

「この学校には、私が求めていた雫を持つ者が多いのだよ」

男は両腕を広げると、命令するかのように叫んだ。

「さあみなの衆、雫を奪い尽くすのだ!!」

男の言葉と共に、煙の中から数匹のワイバーンが姿を現す。

「っ!」

あれだけの数の小竜とワイバーンを召喚するには、人間一人の雫だけじゃ無理なはずだ。なのにこの男は、いとも簡単に数匹の小竜とワイバーンを召喚した。

この男のどこにそれだけの魔力があるというのだ。

「君は特別な雫を持つ子だ。中級魔法や上級魔法を苦なく使いこなすことが出来る。私はそんな君の雫が欲しいんだよ」

「私の雫を?」

テトは目を細めて男を見つめた。

「正直、君以外の雫にはあまり興味はないんだ。しかし雫はあっても困らない物だからね」

「たくさんの人たちから奪った雫を、いったい何のために使うって言うの?」

男はニヤリと笑うと私に手をかざす。
「君には関係のないことだよ」

男が手を下ろしたのが合図だったのか、小竜やワイバーンたちがそれぞれ私に向かって飛来する。

「どうするの? ソフィア」

「……本当はこの魔法だけは使いたくなかったけど」

今はそんなこと言ってられない。この数の小竜やワイバーンたちを一掃するには、あの魔法が一番てっとり早い。

私は空に向かって両手をかざし詠唱を始める。

「夜空に浮かぶあまねく星々よ、その輝きを一つの星の輝きに変え、数多の流星を降らせよ」

魔法陣が浮かぶ夜空に無数の流れ星が流れ始める。

私は意識を集中させ両手を下ろし力強く叫んだ。

「流星の雨(メテオレイン)!」

呼びかけと共に夜空を流れて行く流星がこちらに角度を変えると、そのまま小竜やワイバーンたちに向かって降り注いだ。

その光景を見ていた男は私に拍手を送るように手を叩く。

「素晴らしい! まさか上級魔法の集合体であり、星々の力を借りることが出来る天体魔法も使えるとは。ますます君の雫が欲しくなったよ」

そう言って男は被っていたフードを下ろす。

「申し遅れました。私の名前はサルワと申します」

深々と頭を下げたサルワが顔を上げる。よく見ると右目には黒い眼帯が付けられていた。

そしてニヤリと笑うとサルワは言う。

「君の雫……頂こう!」

「っ!」

「ソフィア! 今直ぐここから離れるのよ!」

テトの言葉に頷いた私は瞬間転移を使って校門まで飛ぼうとした。

しかし――

「逃さないよ」

サルワは私に手をかざす。

「闇の波動(ダークウェーブ)」

詠唱なしで放たれた闇の波動が黒い渦を巻いてこちらに向かって来る。

「魔法を詠唱なしで!」

「ソフィア!」

私は闇の波動の方へ体の向きを変え両手を前にかざす。

「守りの壁よ、我の盾となり全てを跳ね返せ、反射(リフレクション)!」

防御魔法の反射を使って闇の波動を跳ね返す。
「反射も使えるのか。だったら――」

サルワは右目に付けていた眼帯を外すと、右目に魔力を込め始める。

「あれは?」

「あの目を見ちゃ駄目よ!」

「えっ?」

右目の魔力を注いだサルワはその目で私の姿を捉えた。

「悪魔の目(ディアーブルアイ)」

「っ!」

突然、体の自由が奪われてしまった。

「か、体が……!」

体の自由を奪われたせいで手足を動かすことが出来ない。これじゃあ逃げられない。それならいっそ――

「テト私から離れて!」

肩の上に居るテトに逃げるように促す。

「何馬鹿なこと言ってるの! あなたを残して行けるわけないでしょ!」

テトの答えは予想していた言葉のままだった。やっぱりテトは簡単には言うことを聞いてくれない。

「いいから言うことを聞いて!」

いつもならここで言うことを諦めるところだけど、今はそういうわけにも行かない。テトだけでも今直ぐに逃げてほしかった。

そんな私に追い打ちをかけるように、サルワが私に手をかざすと魔法を放つ。

「黒影の鎖(シャドウチェイン)」

黒影の鎖が私めがけて飛んでくる。

「っ!」

鎖が私の体に巻き付くとサルワは解けないように錠前をかけた。

「捕まえた」

サルワは自分の手から伸びている鎖を掴むと、自分の元へ引き寄せるように力強く引っ張る。

「きゃっ!」

その拍子に体が前に倒れ込んでしまい、肩に乗っていたテトは地面に着地する。

「こんなところで!」

体に巻き付いている鎖をテトは爪を使って引っ掻いていく。

「無理だよテト! この鎖は簡単に解ける物じゃない」

「だからって何もしないよりかはましでしょ!」

「テト……」

必死に鎖を爪で引っ掻いていくテトだが、鎖には傷一つ付かない。

「邪魔な使い魔だな」

サルワは再び右目に魔力を込めるとその瞳でテトの姿を捉えた。

「か、体が……」

「テト!」

「使い魔は大人しくしていろ」

テトは苦しい表情を浮かべながら、サルワを睨みつけていた。
私の体はそのままズルズルと、サルワの元へ引っ張られてしまう。

「さて、君の雫を頂こうか」

ニヤリと笑ったサルワが私に手を伸ばしてくる。

このままでは本当に雫が抜かれてしまう。体は鎖が巻き付いているせいで動かすことも出来ない。あの瞳のせいで自由も奪われているから魔法も使えない。

「もう何も出来ない……」

サルワの手が私の肌に触れる寸前まで伸びてくる。

「……っ」

覚悟を決めて目を閉じた時だった。

「水流の輪(ウォーターリング)!」

「っ!」

聞き覚えのある声と共にサルワの体を水の輪が包み込む。

「な、なにっ!」

サルワの手が離れると、体に巻き付いていた鎖の錠前が外れる。そして外れた鎖は黒い灰となって消えてしまった。

「ソフィアから離れて!」

風に吹かれてなびく紫色の髪は見覚えのあるものだ。私はその人物を見上げて小さく名前を呟いた。

「ミッシェル……」

ミッシェルはサルワの様子を伺いながら私のところまで駆けて来る。しゃがみ込んだミッシェルが体を起こしてくれる。その手からは微かな震えが伝わってきた。

「ミッシェル、どうしてこんなところに居るの?」

「逃げている途中で、ソフィアの姿が見えたから助けに来たの」

そう言いながらミッシェルは私の背中に腕を回す。今度は自分の首の後ろに私の腕を掛けるとゆっくりと一緒に立ち上がった。

「うっ……」

立ち上がった一瞬、目の前が揺らいだ。

「だ、大丈夫ソフィア?」

上級魔法を使い過ぎたせいで立つだけでもやっとだった。ミッシェルが私の体を支えてくれているおかげで、今は倒れずにすんでいるけど。

「私は大丈夫よ」

ミッシェルが助けに来てくれるなんて思ってもいなかった。ずっと冷たく接してきたのに、どうしてミッシェルはこんな私を助けてくれるのだろう?

「早く逃げないと」

「そう、だね」

ミッシェルは私の体を気遣いながら歩き出す。