学校の構造は描かれているように見えるけど、各場所の名前は記されていなかった。

年季が入っている物なのか所々に黒いシミみたいな物も染み付いている。そのせいで見取り図としては見られたものじゃない。

「これ、あの先生が渡して来たんだよね?」

「そうだけどあの先生から当分の間、ソフィアが校内案内役だと聞かされたけど?」

「そんなの承諾した覚えはない! その件については断ったはずよ!」

拳に力を込めながらアレスにそう叫んだ。

あの先生……勝手に私をアレスの案内係に決めて、後のことは全て私に丸投げするつもりだ!

「どこまで私を雑用係にするつもりなんだ!」

私の顔つきが怖かったのか、アレスは苦笑しながら言う。

「ま、まあそういうことだ。でもソフィアが嫌なら俺から先生に言っても良いけど?」

「はあ……?」

アレスは掲げていた見取り図を鞄に戻すと私に背を向けた。

「嫌なんだろ? 別に案内役なんてソフィアじゃなくても他の人に頼めることだ」

そう言ったアレスは来た道を戻り始める。

「……っ!」

その背中を見つめながら私は更に拳に力を込めた。そして“ああ、そうだった”と思い出した。

アレスは困っている人はほっとけない性格だ。人が嫌がることも強制的にやらせようとはしない。そんなこと私が一番よく知っているじゃない。

小さい頃だって、アレスは私が嫌がるようなことはして来なかった。今回も“私が嫌がっているから無理にさせたくない”って理由から、目の前から去って行こうとしている。

「……そうだよ」

「ん?」

今の私はアレスの背中を見ていただけの、アレスの背中に隠れていただけの私じゃない。アレスの隣に立てるくらいの一人の女の子に成長したんだ。

「アレスの言う通りだよ。案内役なんて嫌だし、そんなことに時間を取られるくらいなら、早く寮に帰って勉強がしたい」

「だったら無理しなくても」

「でも……特別に案内してあげるよ」

「……えっ?」

思ってもいなかった言葉が返ってきたのか、アレスは瞳を丸くして目を瞬かせていた。

「なによ、じっと見てきて……この成績優秀者である私が、勉強時間を削って特別に案内してあげるって言っているのよ。光栄に思いなさい!」

そう言い放った私はアレスに背を向けて別棟に向かって再び歩き出した。

「……そこまで言うなら、お願いするかな?」

アレスは小走りで私の隣まで来ると、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「ニヤニヤして気持ち悪い」

「酷くない?!」

そんなアレスの笑顔がどこか懐かしく感じて、私は見られないように優しく微笑んだ。