忘却の山の中は深い霧で覆われていて目の前の景色は何も見えなかった。だからサルワは隠れ家に忘却の山を選んだのだろう。

「何か臭うかしら、ムニン?」

「いや……全く何も臭わないな。本来なら草や川の臭いがするはずだけど、それすら臭わない」
 
さすが忘却の山と言わざるを得ない。人の記憶以外にも臭いまで消してしまっているんだから。

「忘却の山って昔からこんな感じだっけ?」

「どういう意味だ、カレン?」

「だって普通の山なら、足を踏み入れたところで記憶なんて消えないでしょ」

「それは忘却の山だからこそ、消えるもんだろ?」
 
カレンはロキの脇腹に鞘を打ち込む。

「ぐはっ!」
 
ロキは脇腹を抑えて座り込む。

「あんたは少し黙ってて」
 
なんだか今日はいつにも増してロキの扱いが酷い気がする。

「これは私の考えでしかないけど、もしかして忘却の山には、魔法の力が働いているんじゃないのかな?」

「魔法の力が?」
 
この忘却の山の魔法が効いているなんて考えてもみなかった。もし本当に魔法が働いているなら、俺たちが知らない魔法だろう。

「今は調査している時間はないから後程ってところね。ムニンさんさえ居てくれれば、いつでも忘却の山に入ることが出来るし」
 
カレンの言葉を聞いたムニンは、凄く嫌そうな顔を浮かべた。

「僕はそんな面倒くさい事に付き合う気はないぞ」

「何を言うのムニン? これで忘却の山の謎が解ければ、使い魔としての貴方の評判も上がるかもしれないわよ」

「気が向いたら着いて行ってやる」

なんて単純なやつ何だ!

「でもこの霧の深さじゃ教団のアジトを探すのには時間が掛かりそうね」

「そう、だな……」
 
こんなところで時間を食っている場合じゃないのに……。