ヴェルト・マギ―ア ソフィアと黒の魔法教団

「馬鹿かあいつ」

「同じ意見よ」
 
二人はそう呟きながら俺の様子を伺っていた。

「そうだ……あいつがいた!」
 
俺は持ってきていた仕事鞄から携帯を取り出す。

「なにそれ?」

「これは携帯型通信用魔道具――通称【携帯】って言って、遠くに居る人物と連絡を取ることが出来る物なんだ」

「あなたの発明品かしら?」

「……普通に販売されてるけど?」
 
いつも口癖のように【ソフィアの使い魔だから、知らないことはないのよ】って、似たようなことを言っているのに、こういう事に関しては知らなかったりするのか?

「そういえば……そんな物があったわね。ソフィアはそんな物使わないから忘れてたわ」

「そんなこと言ってるのお前くらいだぞ? 最近は使い魔たちも使っているし僕だって」

テトはムニンを黙らせるように、肉球を使って再びムニンの口を覆った。俺は苦笑しながらある人物へと電話をかける。

【……こんな夜遅くにいったい何の用なの?】

「あ、出た」
 
時間はとっくに深夜を回っているから電話に出てくれないと思っていたけど、どうやらまだ起きていたみたいだ。

【まあ……あなたのことだから、何か大切な事で電話してきたんでしょうけど。どうしたの?】

「時間がないから集合場所だけ言う。今から忘却の山に来てくれ」

【……っ!】
 
何か飲んでいたところだったのか、忘却の山と聞いた彼女は少しむせる。

【もしかして……あなたが私に聞いてきた事に関しての記憶でも、消そうと思っているの?】
 
彼女の言葉に俺は慌てて否定する。
「そんなわけないだろ! 理由は来てから説明するから、とにかく忘却の山の入口に来てくれ」

【……分かった】
 
彼女との通話を終えた俺は鞄に携帯をしまう。

「誰と話していたの?」

「カレンだよ」

「カレン?」
 
その名前に聞き覚えがあるのかテトは少し考え始めた。
 
するとどこから出したのか、手帳も持ったムニンが話し始める。

「【氷結の魔道士カレン】。エアトート魔法学校には在学していないが、その実力は紫雫(むらさきしずく)の生徒たちにも匹敵する程のものらしい」

「名前は聞いた事あったけど、そこまでの魔道士だとは思わなかったわね」
 
テトはそう言うとなぜか疑わしげな目で俺を見上げてきた。

「……なんだよ?」

「別に……あなたにはソフィアが居るのに、他の女の子と仲が良いんだって少し思っただけよ」

「はあ?!」
 
いやいや誤解だ! カレンとは何回か仕事が一緒になったことがあるだけで、テトが怪しむような関係じゃない。

「カレンはただの仕事仲間だ。それに俺はソフィアの事は何とも思っていない」

「僕を呼び出す時に大切な人だって言ってたよな? あれは嘘だったのか?」

「そ、それは違わないけど……」
 
それとこれとでは気持ちが全然違う。確かにソフィアは大切な子だ。

でもそれが好きだっていう感情なのかどうかは俺には分からない。
「その話は後程ね。カレンが強い魔道士ならとても心強いわ」

「ああ。それにカレンも、あの教団を追っているんだ」

「何か関係があるの?」

「詳しく話すことは出来ない」

「守秘義務ってやつかしら?」
 
テトの言葉に俺は頷く。カレン本人から口止めされているってのもあるけど、今ここで話すべき事じゃない。それに言わなくても直ぐに分かることだ。

「分かったわよ。詮索しないでおいてあげる」

「助かる」
 
俺は忘却の山に急ぐべく研究所を後にした。
 
ヴェルト・マギーアを完成させる前に絶対にソフィアを取り戻すんだ。

「待ってろよ、ソフィア!」

ここから微かに見える忘却の山を俺は睨みつけた。
「んっ……」
 
甘い臭いがする……それに体も酷くだるい。

クラクラしながらも目を開けると視界がぼやけて見える。

「ここは?」
 
体を動かそうとした時、鎖の音が耳に届き手首に目を向けると。

「な、なにこれ……」
 
両手首には鎖の付いた手枷がはめられていた。手首以外に両足首にも足枷がはめられている。

「……」
 
私は今どこに居るの? アレスはどうしたの?

「目が覚めたかな?」

「――っ!」
 
聞き覚えのある声が部屋の中に響いた。私は声のする方へと目を向ける。

「……サルワ」
 
そこには赤黒のマントを羽織ったサルワが、ニヤリと笑いながら立っていた。

「私を……どうするつもりなの? テトは……アレスはどうしたの?!」

「安心したまえ。ちゃんと説明してあげるから」
 
サルワはあるケースから注射針を取り出すと、それを私の首元に突き刺した。

「いたっ!」
 
チクリと首元に痛みが走る。そのままサルワは注射器の中に入っている液体を注入していく。

「な……にこれ?」
 
薬の影響なのか体が徐々に熱くなるのを感じる。息遣いも荒くなってきた。

「君には雫の入れ物になってもらう」

「雫の……入れ物?」
 
確か……アレスが言ってた。

「私の体を……使って人造人間の実験でもするつもり?」

「いや、そうじゃない」
 
サルワは私の胸元の服を掴み思いっきり引っ張ると破り捨てた。

「きゃあっ!」

「可愛い声を出すね」

「この……変態!」
 
両手が使えたらこんな奴殴っているところなのに!
サルワは指先で私の肌に触れてくる。

「本当に美しい肌だ。これが魔人族の美しさの一つなのかな」

「魔人……族?」
 
サルワは何を言っているの?

「何か……勘違いして……るんじゃないの? 私は……魔人族……なんかじゃ」

いったい何を思って私を魔人族だと思っているか知らないけど、私が魔人族なわけがない。

「なんだ……無自覚だったのか」
 
サルワは付き添いで来ていた教団の一人からペンを貰うと、それを私の胸元に当てる。

「無自覚でもいいや、君はヴェルト・マギーアを完成させる鍵なんだから」

「鍵?」

サルワはペンを使うと私の胸元に魔法陣を彫っていく。

「あああっ! あ……つい」

「人造人間の実験をしていくうちに、私は気がついたのだ」
 
サルワは魔法陣を彫りながら話し出す。
 
でも今の私にはサルワの話が耳に入って来なかった。体の熱さや酷い目眩。

胸元に走る激痛のせいで意識を保つのがやっとだった。

「人造人間では雫の入れ物にならないんだよ」

「……っ!」

「雫の全魔力を入れる器にふさわしいのは魔人族の血を引き、その力を持つ者でなければならない。だがこの時代に魔人族の存在はもうなかった。おろかな人間族が、魔人族を滅ぼしてしまったからね。しかし私は見つけたのだ君という存在を」
魔人族の血を引く者? 力を持つ者? それが私だっていうの? そんなはずない……だって私は……。

「ア……レス」

名前を呟いたのが最後、私は意識を手放した。

♢ ♢ ♢

「魔人族でも力を使えなければただの人間か……」
 
近くにいた者にペンを返し、彼女の枷を外して体を抱き上げる。

「しかし魔人族の力は必ず目覚めさせる」
 
私はそのまま出口へと向かって歩き出す。

「では、始めるとしよう。世界の創造を」

★ ★ ★ 

「ソフィア?!」
 
走る足を止め忘却の山を見上げた。

「どうしたの、アレス?」

「……いや」
 
ソフィアの声が聞こえた気がしたけど気のせいか?

「何をしているんだ?! 入り口はこっちだぞ」

「あ……ああ!」
 
瞬間転移(テレポーテーション)で忘却の山付近まで俺たちは飛んだ。今はムニンが先頭を走ってくれている。

「ここが入り口だ」

「ありがとう、ムニン」
 
忘却の山の入口に辿り着きカレンの姿を探した。

「カレンって子も来たみたいね」
 
テトが指をさす先に、俺たちは目を向ける。
 
テトの言う通りカレンがこちらに向かって歩いて来る姿が見えた。

少し時間が掛かるかと思っていたけど、どうやら俺たちと同じく瞬間転移の魔法を使ってきたみたいだ。

いつの間にか雲が晴れ雲の間から差し込む月の光が青髪を照らし、優雅に歩くその姿からは、とても魔道士だとは思えない雰囲気を醸し出している。

腰には愛剣の【サファイア】が下げられている。それになぜか肩には大きな袋を担いでいた。
「やあ、カレン」

「こんばんは、アレス」
 
カレンは優しく微笑むと、丁寧に挨拶をするように頭を下げる。

「夜遅くにごめんな」

「その言葉は今言うより、さっき言いなさい」
 
カレンは担いでいた大きな袋を乱暴に下ろす。

「それは……何が入っているんだ?」

「これ? これは――」
 
カレンが言葉を続けようとした時、地面に置かれた袋がモゾモゾと大きく動いた。それを見た俺は一歩後ろに下がる。

「な、何が入ってるんだよ!」

「動物かしらね」
 
テトは興味本位で袋に近づく。

「あれ? あなたに使い魔なんていた?」

「ああ……テトの事か? テトはソフィアの使い魔だ」

「ソフィア?」
 
ソフィアの名前を聞いて首を傾げたカレンは、とりあえずモゾモゾと動く袋の口を掴むと開ける。するとそこから見知った男が顔を出した。

「うっへぇ……息苦しい……」

「ろ、ロキじゃないか!」
 
月の光に照らされる金髪の髪は袋の中に入っていたせいで、いつもより乱れていた。

青色の瞳はとても疲れきたように揺れている。カレンはロキを乱暴に扱うように袋から出す。

「ロキって確か……」

「業火の魔道士ロキだ」

再び手帳を取り出したムニンが言う。
 
その手帳に何が書かれているのか、少し気になった。

「いててっ……ほんと酷い事するなあカレンは!」
 
袋から出されたロキの体を見ると、逃げられないようにする為なのか紐で何重にも巻かれていた。
「暇そうだったから連れて来たのよ」

「暇なわけないだろ! 人がせっかく気持ちよく寝ていたってのに!」

「な、何かごめん……ロキ」
 
おそらく俺の連絡を受けたカレンが、寝ていたロキを拉致して連れてきたのだろう。

ロキがカレンに連れて来られたのは、俺のせいでもあるけどロキも一緒に来てくれるなら心強い。

「アレスは悪くないだろ? 悪いのはこいつだ!」
 
ロキはカレンを睨みつける。
 
相変わらずこの二人は仲が悪い。会う度に喧嘩ばかりするものだから、止めるのはもう諦めている。

「氷結と業火じゃ相性悪いものね」
 
テトは俺の肩の上に飛び乗る。

「あれ? お前に使い魔なんて居たか?」
 
カレンと全く同じ事を聞かれ軽く溜め息を溢した。仲が悪い二人だけど似ているところもあったりするんだ。

「こいつはテト、ソフィアの使い魔だ」

「えっ! ソフィアって……あのソフィアちゃんの事か?!」
 
ソフィアの名前を聞いたロキは体に巻かれていた紐を炎(ファイア)で燃やすと立ち上がる。

乱れた服装と髪を整えながらロキはぐっと自分の顔を俺に近づけてきた。

「ソフィアちゃんってあの、エアトート魔法学校で絶対零度の女って呼ばれている子だろ? 鋭い目つきで男を睨みつけるみたいだけど、絶世の美女なんだってな」

「ぜ、絶世の美女? ……か、顔が近い!」
 
ロキに呆れつつ俺は両手でロキの顔を押し返した。ほんとこいつは女の子の名前が出ると直ぐに飛びついてくる。
「ロキって女の子の情報なら直ぐに出てくるよね」
 
カレンも俺同様に呆れた目でロキを見ていた。

「当たり前だろ!」
 
ロキは胸を張って言う。

「可愛い女の子の情報を俺が聞き逃すわけないだろ!」
 
毎度同じ言葉を胸張って言えるロキが別の意味で尊敬して見えた。

「どれだけ女の子に飢えているんだか……。そんなんだから彼女の一人も出来ないのよ」
 
カレンの最もな言葉が鋭くロキに突き刺さる。しかしロキも負けじとカレンに言い返す。

「なんだとカレン! お前だって彼氏出来たことないだろ!」

「居なくても別に困らないし」

「なっ!」
 
そんな二人のやり取りを黙って見ていたムニンが、我慢の限界だったのか口を開いて叫んだ。

「うるせぇぞお前ら! 時間がねえんだから早く先に行くぞ!」

ムニンはイライラしたままロキの足に思いっきり噛み付いた。

「いっってええ!」
 
相当痛かったらしくロキはその場でピョンピョン飛び跳ねる。

「まだ使い魔がいるの?」

「こいつはムニン、今俺と仮契約している使い魔だ」
 
ムニンはロキから離れると俺の足元の隣に座った。

「おい……本当にこんな奴らで、ソフィアを救い出せるのかよ?」

「安心してくれ、ロキはこんな奴だけどやる時はやる男だ」

「あ、アレス……お前がそんなことを言うなんて!」
 
ロキは感動したのかウルウルとした目をこちらに向けてくる。ウルッとした目で男に見つめられても嬉しくないから、俺はロキから目を逸した。

「手短に今の状況を説明をしてもらっていい?」

「ああ」
 
俺はロキとカレンにこれまでのことを手短に説明した。もちろんソフィアが魔人族だということは伏せたまま。