何千年も遥か昔――

まだ“魔法”と呼ばれるものが存在しない時代で、九種族たちによる領地を巡った“九種族戦争”が引き起こされた。

草木や花は枯れ、生物たちは息絶え、大地は徐々に死んでいき、世界は種族たちが住む事が出来ない世界へと変わっていった。

それを見かねた知恵の女神であるエアと、知識の神であるトートが、それぞれの九種族たちに領地を与え戦争を終わらせた。

そしてエアは自分の力を使って“魔法”という物を生み出し、その知識をトートが全種族たちに与え、星屑を使って魔力の元になる雫(ロゼ)を作り出した。

彼女が与えた魔法により世界は元の姿を取り戻し、いつの日からか魔法は、生きる者たちにとってある事が当たり前になっていった。

そして現在──

とある魔法学校で一人の少女が魔法を学ぶため、エアとトートが作ったとされる魔法学校へと通っていた。

今日もまた彼女は勉学に励むため、校舎の中へと足を踏み入れたのだった。
エアトート魔法学校──

ここは虹雫の魔法使いを目指す生徒が通う学校だ。

上から【紫雫、藍雫、青雫、緑雫、黄雫、橙雫、赤雫、白雫】という順にクラス分けがされている。

学校では魔法を習得する為に勉学に励む者、武術や剣術を学ぶ者など、生徒たちはそれぞれの目標を持って日々精進していた。

そんなある日、ここエアトート魔法学校では最近【魔法中間テスト】が行われた。

そしてたった今その結果が、学校の掲示板へと張り出されたところだ。

「はあ……」

張り紙はそれぞれのクラス順に張り出される。

私は【黄雫】と書かれた掲示板を見上げ軽く溜め息を溢した。

「あっ見て! またあの子が一位だよ」

「ほんとだ! 相変わらず凄いな〜」

そんなことを言いながらはしゃぐ二人の女の子たちの言葉を聞き、私は更に溜め息を溢す。

自分の名前がそこに書かれているわけでもないのに、どうして他の子たちは私の名前を見つける度にはしゃぐのだろう?

それが不思議でならない。

「あっ! ほらあそこ」

「ソフィアちゃんだ」

するとさっきまで私の名前を見つけてはしゃいでいた二人組が、私の姿を見つけると瞳を輝かせてこちらをじっと見てきた。

無論、私は直ぐに目を逸らした。

「あ、目逸らされちゃったね」

「残念だね。せっかく話しかけられるチャンスだったのに」

話しかけられるチャンスって……。

そんなの当然困ることだった。

全く話したこともない子たちにいきなり話しかけられたところで、何をどう話せば良いのか分からない。
きっと慌てふためいて録な会話にならないのがオチだろう。

「……早く寮に戻るかな」

自分の順位も確認出来たことだし、話しかけられる前にとっとと寮に戻ろう。

そう思い最後に張り紙を見上げた私は、踵を返して寮に向かって歩き出した。

ここエアトート魔法学校は完全なる寮制だ。

もちろん寮は【男子寮】と【女子寮】に別れている。

なので一般生徒たちは与えられた寮の部屋へと帰ることになっている。

しかし極稀に成績優秀な生徒だけが、特別な部屋を用意されることがある。

もちろん私はその特別な部屋を用意された者の一人だ。

寮の部屋の前まで来た私はドアノブに手をかけて扉を前に押す。

「ただいま~」

「お帰りなさいソフィア」

部屋の明かりを点けると先程の声の主が、真っ黒は尻尾を左右に振り、黄金に光る目を瞬かせながらこちらを見てきた。

「ただいまテト」

出迎えてくれた声の主は、私の使い魔であるテトだ。

姿は真っ黒な黒猫で、首には使い魔の証である紋章が掘られたブローチを下げ、赤いリボンを巻いている。

「テストの結果はどうだったのしから?」

「聞かなくても分かるでしょ」

テトの横を通り過ぎてから羽織っていたマントを脱ぎ、壁に付いているフックにかけて制服を脱ぎ始める。

「相変わらず凄いわね。今回も一位だったんだから」

「そんなに凄いことじゃないよ」

部屋着に着替え終えた私は、目の前の鏡に映る自分の姿を見つめた。

私は周りからよく【綺麗】とか【美しい】と言われることがある。

お父様曰く、私は容姿端麗らしい。

肌はお母様譲りの真っ白な肌。

髪色はここでは珍しい翡翠色で、瞳の色はエメラルドのように透き通った薄緑色だ。

「どうしたの? 自分の顔をじっと見つめて」

「別に何でもない」

鏡から離れた私は机の上に置かれていた新聞を手に取った。
「それさっき届いた新聞よ」

「今日は随分と遅かったのね」

「いつもなら朝一に届けてくれるのにね」

新聞の表記事にはでかでかとある記事が掲載されていた。それは見覚えのある人物と一緒に。

「今日もまた雫を抜かれた人が出たみたいよ」

「また……」

“また一人、雫を抜かれた者”という見出しから始まり、その下には事件に関する詳しい内容が記載されていた。

「最近物騒よね。いったい誰が何のために雫を抜いているのかしら?」

「それを解決するために“あいつ”が、警察と一緒に事件を追っているんでしょ?」

テトにそう言い放ち私は新聞の記事に目を落とした。

「本当は心配なんじゃないの? 幼馴染の探偵さんのことが」

「そんなわけないでしょ。あいつがどうなったって、私には関係のないことだから」

「ふ〜ん……」

テトの疑いを向ける視線を無視しつつ、私は事件の内容を目で追っていった。

雫が抜かれる事件が起きたのは、今からちょうど三ヶ月くらい前になる。

最初に雫を抜かれた人はここではないある魔法学校の先生だった。

当時発見された先生の身には特に変わった様子もなく、魔力の数値にも異常が見られなかった。

だから警察も事件への関連性はないと判断し、事件の捜査は行われなかった。

しかしそれから七日が経った日、その先生が亡くなったという記事が新聞に記載された。

先生が亡くなった原因は雫が抜かれたことによる“マナ中毒”だった。
私たちの体内に宿る魔力の元である雫は、空気中に漂うマナを魔力へと変化させる役割を持っている。

マナはそのままの状態だと、命ある者にとっては毒になってしまう。

だから私たちはマナを魔力に変化させることで毒から逃れることが出来ている。

しかし雫を抜かれてしまった先生は、雫がない状態でマナを吸い続けることになる。

そうなってしまうとマナを魔力へと変化させることが出来ず、マナは有害な物質のまま体内へどんどん溜まって行くことになり、そして最後はマナの毒によって体は蝕まれ死に至ってしまう。

警察はこれをきっかけに事件性があると判断し捜査を開始した。

しかし次々と雫が抜かれていく者たちが増えていく一方で、現場には雫を抜いた犯人の痕跡が一切見つかっていない。

痕跡が一つもない以上、警察でも誰が犯人なのかを突き止めるのには、それなりに時間が掛かってしまう。

だから警察の人たちもあいつに頼んだのだろう。

探偵として最年少であり、数々の難事件を解決してきた私の幼馴染である“アレス”に――

「よく見たらアレスに関する記事まで載っているのね。載せる意味あるのかしら?」

「さあね」

医療魔法や並大抵の人間では習得することが難しいとされる“光魔法”を得意とし、探偵としても学校の生徒としても素晴らしい成績を修めている。

と。新聞にはそう記載されているがそれが何だというのだ。

そんなこと私にだって出来ることだ。

あいつばかりが“出来る存在”じゃない。
「あら……アレスったら、この学校に入学して来るみたいじゃない」

「…………は?」

テトが指をさした先へ目を落とすと、そこにはこんな記事が載っていた。

「“探偵アレス――もっと魔法や技術を学ぶため、エアトート魔法学校への入学を決意”……て、何でわざわざここに来るのよ?!」

「あなたのお父さんが誘ったのかもしれないわね」

「とっくに魔法学校を卒業しているあいつが、また魔法学校に通うっておかしいでしょ!?」

「でもあなたと同じ十六歳じゃない」

確かにそうだけど、何でわざわざまた魔法学校に通う気になるの? 

今は事件を追っていて忙しいはずなのに……。

「どうするの? アレスが入学して来たら今のあなたの立場が危うくなるかもしれないわよ」

「だったらあいつよりもたくさん勉強して、先に魔法の技術を磨けば良いだけのことだよ」

そう言って本棚から医療魔法が書かれている分厚い魔法書を手に取り、勉強机の上に勢い良く置く。

私は小さい頃から分厚い魔法書を読んで育った。

他の子ならば、童話の絵本や勇者が活躍する絵本などを読んでいるのだろうが、私がそういった本に興味がなかったため、お父様が魔法書をくれたのだ。

魔法書を読んでからというもの、私はこの世界を見る目が変わった。

魔法書に書かれている全ての物に興味を持ち、もっとたくさんの魔法や生物たちのことを知りたいと思った。

そしていつしか私の部屋は魔法書でいっぱいになった。

この医療魔法の魔法書以外にも歴史書、剣術所、呪術書、精霊召喚術書などがある。

多分軽く二千冊は超えていると思う。

「そんなものばかり読んでいるから友達が出来ないのよ? 少しは勉強以外のことにも興味を持ったらどうかしら?」

「いらないお節介だよ」

魔法書に目を通しながらそう言うとテトは軽く溜め息を吐くと言う。