「俺も、ハルのことを絶対に忘れないからな」
東堂の体温が直に伝わって、涙腺が思わず緩んでしまった。
東堂も私も、そんなに強くはないから、だから、こうして二人で補い合っていけたら良いと思うんだ。

「冬香は俺といたら、ハルのことを思い出して苦しくなる日もあるかもしれない。そう思って、何度も諦めようとした……。だけど、そんな風に自分の気持ちを封じる度に、心が苦しかった……」
「東堂……」
「なんで俺は生きてるのに、ハルのように大切な人を守れないんだろうって」

……私たちは、弱い弱い生き物だ。
人に弱さがあるから、守りたいという愛情が生まれるんだと思う。

心が壊れそうな時、胸が張り裂けるほど苦しい時、枯れるほど涙を流した時、今、心に浮かぶ人は誰だろう。
瞼の裏で微笑んでくれる人は誰だろう。

過ぎゆく日々の中で、刻々と浮かぶ人物は変わっていくものかもしれない。
それを、寂しいと思うこともあるだろう。今はまだ、正直そんな気持ちが少し引っかかってしまう。

「ハルは、冬香の心臓の中にいるよ。これからもずっと。それでいい。それでいいから、一緒にいよう。その記憶を背負って、一緒に生きよう」

東堂の言葉に、私は泣きながら頷いた。
私の、 大切な、大切な記憶。
幸せだった思い出を振り返ると、必ずそこにハルがいた。私の幸せの中に、ハルは存在している。
そして、ハルの幸せな記憶にも、きっと私が存在していたと信じている。

そのどれもを大切にして、一緒に背負って生きていこうと、言ってくれる人がいた。

ハルを失ってから、迷い続けていることがあった。
ハルを好きでい続けることは、“停滞”なんですか。
私の心は止まっているのですか。
進まないことは悪ですか。
過去を振り返ることは意味のないことですか、と。

でも今は、全部間違っていなかったと言える。私は、大切な人の、大切な記憶を紡いで生きていく。

春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て。何度でも繰り返し思い出すだろう。
忘れない。絶対に、忘れられない。この心臓が止まるまでは。

「私と一緒に、生きてください……」
抱きしめられながらそう言うと、東堂はそれ以上言葉にせずに、首を縦に大きく振った。
そんな私たちに、再び桜の花びらが舞い落ちる。まるで、今の私たちを祝福するかのように、優しく、柔らかく。

降り積もる桜の花びらを東堂の肩越しに見ながら、私はバカなことを考えてしまった。
こんなことを考えたら、きっとハルは怒るだろうけれど、私はたまにハルに天国で会える日が来たらなんて言おうか考える時があるよ。


久しぶり。元気だった? また一緒に映画を観ようよ。おすすめの作品が溜まってるんだ。
そうだ、東堂とはそこそこ仲良く暮らせたよ。東堂と想いを伝えあった時、桜の花びらを何度も降らせてくれたのは、ハルのしわざ?
なんてね、そんなロマンチックなこと、照れ屋なハルはしないよね。
そうそう、そんなことより、もっとちゃんと伝えたいことがあるんだ。
ハルとの幸せな記憶のおかげで、私の人生は最高でした。ありがとう。
どんな時も、ハルとの出会いがあったから頑張れた。本当に死ぬまで、ハルのことを忘れたことはなかったよ。


だって君は、私の心臓の中に住んでいたのだから。
君は、私の人生で唯一の、永遠だったから。