「なんだよ、本物かよ」
「なんでそんなに嫌そうなの」
「連絡くらいしろよ、ビックリすんだろうが」
東堂のもっともな言い分に頭を下げると、まあいいけどと言って、東堂は菓子パンの袋を乱暴に開けた。
相変わらずな食べっぷりに、思わず笑いが溢れ落ちてしまう。
そんな私を見て、東堂は冷たい目線を返してきたけれど、こんなやりとりすら懐かしくて愛おしい。
東堂が大阪へ来てから、まだ半年も経っていないけれど、彼がいなくなってからふと心に隙間ができてしまったことに気づいた。

「……で、今日は何するついでにここへ来たんだ」
「え、ついでじゃないよ」
「嘘つけ。どうせライブとかだろ。麻里茂もそんな理由でこの前きてご飯奢らされたわ」
「え、はあ……」
本当に東堂に会うために来たのに、そう バサっと言い切られてしまっては返す言葉がない。
なんとなく言葉に詰まって、私は再び桜を見上げた。
春になると、やっぱりハルのことを思い出してしまう。春の人と書くのにぴったりな、優しくて弱くて強くて眩しいあの人を。
なんで私を置いていったのかと、責めたくなるような思い出し方をしていたが、でも今は少し違う。
少し勇気が欲しいときにハルを思い浮かべることが多くなった。……だから今日は余計ハルのことを意識してしまう。
私は、心臓付近の服をぎゅっと掴み、深く呼吸をした。
そんな私を見て、東堂は首をかしげる。

「どうした? お前様子変だぞ」
「どうでもいい話なんだけどさ」
「なんだよ」
「この前私、キッチンの上の棚にあるお鍋取ろうとして、椅子に乗ったのね。そしたら椅子の立て付けが悪くて、結構高い位置から尻餅ついたの」
「本当にどうでもいい話だな。大丈夫かよ」
「それだけに留まらず、私次の日インフルエンザにかかって、一週間寝込んだんだ。腰痛とも戦いながら」
「正に地獄だな……不運すぎ」
「それで、信じられないほど一人暮らしで弱気になって、高熱にうなされながら、なぜか自然と、“助けて東堂”って思っちゃったんだよね」

そこまで言うと、東堂はなんだか難しい顔をして、そうかと頷いた。きっと、私が何を考えてそう言っているのかを考えあぐねているんだろう。
インフルエンザが治って、なんだかそれをすぐに言う相手もいなくて、災難だったなって乱暴に背中を叩いてくれる東堂がいなくて、それがとてつもなく寂しくて今日来てしまった。そんなことを言ったら、東堂を困らせてしまうだろうか。

私は、その先の言葉に詰まって、再び心臓付近の服を掴んでしまった。
ハルのことが好きなのに、気づくとハルと同じくらい大切な存在ができてしまっていた。気づくには随分時間がかかったけれど、東堂はどんな時も私を見捨てずにそばにいてくれた。
そんな自分の気持ちの変化を否定したり、押し込めたりする日々が続いていたけれど、自然と東堂に助けを求めてしまった自分がいて、ようやく気持ちに整理がついた。

私の心は、私のものだから、自分自身で受け止めてあげないと何も進まないのだと、痛いほどハルに教えてもらったから。