◯
『予定が空いてたら行きます』なんて、よく考えたら当たり前の返事を、移動時間にずっと流し読みしている。
中身のない通知が激しく行き交っているトーク画面を傍観しながら、新幹線の中でサンドウィッチを貪っている。
ふと窓の外を眺めると、綺麗な桜の木が一瞬だけ通り過ぎた。その景色を見て、私は時の流れを実感した。
私たちがOB・OG会で再会してから丸一年が過ぎていた。私は変わらない勤務地で働いていて、東堂は異動命令通り大阪へと向かってしまった。
今日は本当は毎年恒例の春の講評会の日だったが、今日は大学へは行かず、私は有給を取ってとある場所へと向かっている。
新幹線が目的地へ着くと、私はトートバッグをひとつだけ肩にかけて、ホームへ降りた。
春の温かい空気に体を包み込まれると、なんだか心が丸くなってくる。
一度伸びをしてから、身軽な格好で目的地である公園へと足を運ぶ。わざわざ新幹線に乗ってまでして公園に向かっているなんて、自分でもバカげていると思う。
今年の春に買った、ライトグレーのスニーカーは、思った以上に足取りが軽くてお気に入りだ。
新幹線から在来線に乗り換えて、オフィスが集中した駅へと更に移動する。
これから会う人の反応を想像しながら、私はイヤフォンを耳にかけ、好きな音楽を流した。
……ハルの命日から、五年以上の歳月が過ぎた。
情けないことに、その内の三年くらいは、ただ時間が経っているだけという認識で、日々の記憶がほとんど残っていない。
それくらい、心もカラカラなまま、生きていたんだと思う。
あの日もし、ハルの撮った作品を観ずに今日まで来ていたら、私は桜を見ても綺麗とすら思わなかっただろう。
そんなことを思うと、なんだが感慨深くなってしまうし、益々これから会う人への感謝が大きくなる。
十五分ほど乗り継いで、私は目的地である駅にたどり着いた。そして、そこからほど近いとこにある公園に足を運んだ。
「よいしょっと……。うん、時間もぴったり」
茶色いベンチに腰掛けて空を見上げると、満開の桜が頭上に咲き誇っていた。
風に揺れるたびに陽の光がまだらに私を照らして、温かな波の中に浮かんでいるような心地になった。
このままぼうっと過ごしていたら、寝てしまいそう。そんなことを考えていると、お昼休憩でやって来るサラリーマンやOLが増え始めた。
皆働いてる平日に有給を取ってぼうっとしているなんて、なんだか癖になりそうな背徳感だ。
そんなことを思っていると、なんだか刺さるような視線を感じて、私は体を起こした。
するとそこには、訝しげな表情をして私を睨んでいる男がいた。
「……お前、なんでここにいんの?」
「お昼休憩だから?」
「いやいや、お前ここ、大阪だぞ」
……そう、今日は東堂に会うために大阪までやって来たのだ。同じ会社なので、もちろん大阪支社の住所は知っていたし、連絡も取り合っていたのでよくここでランチを食べていることも知っていた。
驚く東堂を、まあまあと制して、私は隣に座るよう席を空けた。
東堂は相変わらずの大食いで、山ほど買い込んだおにぎりやパンが入った袋をどさっとベンチに置いた。
それから、隣に座っている私の顔をまじまじと見つめて、頭を軽く叩いてからこう言い放った。
『予定が空いてたら行きます』なんて、よく考えたら当たり前の返事を、移動時間にずっと流し読みしている。
中身のない通知が激しく行き交っているトーク画面を傍観しながら、新幹線の中でサンドウィッチを貪っている。
ふと窓の外を眺めると、綺麗な桜の木が一瞬だけ通り過ぎた。その景色を見て、私は時の流れを実感した。
私たちがOB・OG会で再会してから丸一年が過ぎていた。私は変わらない勤務地で働いていて、東堂は異動命令通り大阪へと向かってしまった。
今日は本当は毎年恒例の春の講評会の日だったが、今日は大学へは行かず、私は有給を取ってとある場所へと向かっている。
新幹線が目的地へ着くと、私はトートバッグをひとつだけ肩にかけて、ホームへ降りた。
春の温かい空気に体を包み込まれると、なんだか心が丸くなってくる。
一度伸びをしてから、身軽な格好で目的地である公園へと足を運ぶ。わざわざ新幹線に乗ってまでして公園に向かっているなんて、自分でもバカげていると思う。
今年の春に買った、ライトグレーのスニーカーは、思った以上に足取りが軽くてお気に入りだ。
新幹線から在来線に乗り換えて、オフィスが集中した駅へと更に移動する。
これから会う人の反応を想像しながら、私はイヤフォンを耳にかけ、好きな音楽を流した。
……ハルの命日から、五年以上の歳月が過ぎた。
情けないことに、その内の三年くらいは、ただ時間が経っているだけという認識で、日々の記憶がほとんど残っていない。
それくらい、心もカラカラなまま、生きていたんだと思う。
あの日もし、ハルの撮った作品を観ずに今日まで来ていたら、私は桜を見ても綺麗とすら思わなかっただろう。
そんなことを思うと、なんだが感慨深くなってしまうし、益々これから会う人への感謝が大きくなる。
十五分ほど乗り継いで、私は目的地である駅にたどり着いた。そして、そこからほど近いとこにある公園に足を運んだ。
「よいしょっと……。うん、時間もぴったり」
茶色いベンチに腰掛けて空を見上げると、満開の桜が頭上に咲き誇っていた。
風に揺れるたびに陽の光がまだらに私を照らして、温かな波の中に浮かんでいるような心地になった。
このままぼうっと過ごしていたら、寝てしまいそう。そんなことを考えていると、お昼休憩でやって来るサラリーマンやOLが増え始めた。
皆働いてる平日に有給を取ってぼうっとしているなんて、なんだか癖になりそうな背徳感だ。
そんなことを思っていると、なんだか刺さるような視線を感じて、私は体を起こした。
するとそこには、訝しげな表情をして私を睨んでいる男がいた。
「……お前、なんでここにいんの?」
「お昼休憩だから?」
「いやいや、お前ここ、大阪だぞ」
……そう、今日は東堂に会うために大阪までやって来たのだ。同じ会社なので、もちろん大阪支社の住所は知っていたし、連絡も取り合っていたのでよくここでランチを食べていることも知っていた。
驚く東堂を、まあまあと制して、私は隣に座るよう席を空けた。
東堂は相変わらずの大食いで、山ほど買い込んだおにぎりやパンが入った袋をどさっとベンチに置いた。
それから、隣に座っている私の顔をまじまじと見つめて、頭を軽く叩いてからこう言い放った。