「死にたいと思う夜が何度もあったのに、余命宣告をされた瞬間、皮肉にも生きたいと思ってしまった……っ」
ハルの涙がどんどん溢れて、私の肩を濡らしていく。
ハルの指が背中に食い込み、痛いほど私と共鳴しようとしている。
「だから、残り少ない時間は、自分が一番生きてると思える時間を過ごした相手と一緒にいたかった。それが冬香だったんだ……」
嫌だよ、やめてよ、そんなの最後の言葉みたいじゃない。
恥ずかしがり屋のハルが、そんなことさらっと言ってくれるはずないじゃない。
やめてよ、聞きたくないよ。やめてよ。……ハル。
「雪の中で震えている幼い俺を抱き締めてくれたことも、両親の喧嘩に怯えて家出したときに一緒に映画を観たことも、いつ死んでもいいと言った俺を本気で叱ってくれたことも、そのどれもが俺にとって泣きたくなるほどの優しさだった……っ」
「ハル、嫌だよ、映画なんていつでも観れるし、いつだって抱きしめるし、いつだってハルを叱ってあげるよ……、これからもずっと! そうでしょう、ハル!」
「……中三の時、この能力で怖がらせたりしてごめん。でも俺、冬香を苦しめるどんなことも、共鳴して守ってあげたかったんだ……。俺が守ってもらったように……」
心臓の音が、悲しい音を立てて重なり合っていく。
心が現実を受け入れてくれない。
悪い夢なら早く醒めてと、そう願うことしかできない。
無理だよ。ハルがいなきゃ生きていけない。ハルがいなきゃ人生なんて楽しくない。
「どうしてまた、離れていくの……? どうしてっ……」
「冬香、俺は消えてなくなったりしない。冬香の心臓の中に、ずっと存在し続けるから」
「私の、心臓の中……?」
そうだよ、と言って、ハルは私の心臓付近に耳を寄せた。
それから、いつの日か私に問いかけたことを口にした。
「……心は、心臓にあると思う?」
ハルの頭ごと抱え込みながら、私はハルの言葉を一言も聞き逃さないように耳を澄ませていた。
「俺は、心臓にあるって信じてる。だから俺は、ずっと冬香の心臓の中にいる。冬香が生きている限り、消えてなくなったりしない」
「そんなの……、ただの記憶じゃん……っ」
「誰だって最後は記憶になる。どんなに愛していても、皆そうなんだ」
「嫌だ、聞きたくない……」
「だから冬香、俺がいなくなっても、決して心を枯らすな。冬香を思う誰かの優しい言葉を跳ね返したりするな」
今この瞬間の、時間を止めて。
お願いだから、これ以上時間を進めないで。
心が張り裂けそうなほど、私は叫んだ。
だけどそれは、叶わない願いだと分かっていた。
ハルを離したくない。離したら行ってしまう。だけど、病院に行かないとハルの心臓は壊れてしまう。
ハルの最後の願いは、「元気なハルの記憶のまま、私の心臓に存在する」ことで、お見舞いにいくことも許されない。
楽しい思い出をもったまま、静かにひとりで命と向き合いたいというハルの願いを、自分勝手な理由で拒否してはいけない。
だけど、受け入れられるわけがないよ。
手離せるわけがないよ。
ねぇ、共鳴しているのなら、分かってよ、ハル。
「冬香、ありがとう。冬香と出会えて良かった……」
「う、うぅ、嫌だよ、ハル……っ」
――私は、どうしてこんなに非力で弱い。
君はどうして、そんなに強くて眩しい。
行かないで。行かないで。行かないで。……行かないで。
どんなに胸の中で叫んでも、君は私を抱きしめるばかりで、お互い涙は止まらなくて、指先は震えるばかりで。
こんなに震えているのに、君は覚悟を決めていたんだね。
私はそれを、受け止めなきゃいけないのかな。
「ハルが私の、心臓そのものなんだよ……っ」
「……うん、俺も。だから、永遠に忘れない」