「精神的な負担もあってか、病気もどんどん悪化して、放課後には必ず通院してた。そしたら、待合室で同じ制服の男と鉢合わせたんだ。それが東堂だった」
「病院で出会ったんだ……」
「東堂は誰かのお見舞いに来ていた様子だった。俺と一瞬目が合ったけれど、普通にスルーされると思った。だけどあいつは俺の青い顔を見て、なぜか隣に座った」
「うん……」
「俺多分、相当やばい顔してたんだ思う。その日、初めて具体的な年数で、余命宣告されたから……」
「え……?」

 余命宣告……? 
 心を引き裂くに十分な威力を持った言葉が、ハルの口から発せられた。
 嘘だ。だって、ハルはもう大分病気は良くなっていると言っていた。冬香は心配性だなって、笑ってた。
 初めて聞かされる真実に、心臓に霜が降りて、徐々に徐々に凍り付いていく。

「ずっと言えなくてごめん。でも、最後の一年は、楽しい思い出だけで終わりたかったんだ」
 
 嘘だ。嘘だ、嘘だ、嘘だ。
 そんなの信じない。聞こえてない。
 だって今ハルはここにいて、明日も一緒に学食を食べて、その次の日も一緒に映画を観て、そんな日常を過ごしていくはずだ。

「なんであのタイミングで東堂に出会ったんだろうな。後から知った話だけど、あいつも大切な人を失くす瀬戸際だったせいか、何かを感じ取って隣に来てくれたんだろう。ちゃんと話したこともないクラスメイトに、“俺今、余命宣告されてさ”なんて話しかけられたら、普通言葉に詰まるよな」
「待って、待ってハル……」
「まさか大学でこんなに関わり合えると思ってなかった。……俺たちがここで出会った奇跡は、最後に神様がくれたなにかってやつなのかもしれないって、本気で思ってた」
「う、嘘って言って……ハル……お願い」
「冬香、ごめんな。俺の勝手で、もうひとつ大きな嘘をついてて。でも、少しでも多く冬香の笑顔を見たかったんだ」
「手術で治ることはないの……っ?」
「医者も、よく保った方だって言ってた。それに、なんとなく分かるんだ。自分の終わりって」
「嫌だよ……諦めないでよ……嘘って言って……っ」
「諦めてないよ。受け入れたんだ」
 信じたくない気持ちばかり先走って、自分勝手な言葉ばかり口から出てしまう。
 熱い涙がボロボロと零れ落ちて、睫毛では受け止めきれない量が滑り落ちていく。
 でもハルは、落ち着いた声で私に語りかける。

「昨日、退学届けを出してきた。……俺は今日の夜から、病院で生活することになる」
「どこ……? 行く、毎日お見舞いに行くよ!」
「教えられない、ごめん。冬香の中の俺は、最後まで元気な俺で存在したいんだ」
「なに……それ……、全然分かんない」
「どんどん痩せていく俺の記憶が最後じゃ、悲しいだろ。冬香は泣き虫で心配性だから」

 どうして、君はそんな風に笑っているの。
 どうして、そうやっていつもどんどん先に決めて離れていくの。
 ハルとの別れは、一体何度目だろう。でももう分かっている。今日を逃したらもう二度と会えないってこと、頭のどこかでは分かってしまっている。
 一度決めたことをぶらさない君だから、私が今何を言っても入院先を教えてはくれないんだろう。
 

 東堂がなぜハルの脚本を嫌がったのか、今痛いほど分かってしまった。
 あれはハルにとって、遺書のような作品だったからだ。


 ぶるぶると震える体を自分の手で押さえつけて、爆発する悲しみを堪えるしかなかった。
 ……心臓が痛い。壊れる。破裂しそう。
 こんな悲しみに耐えられるほど、強い心を私は持っていないよ。
 ねぇ、知ってるでしょ、ハル。
 問いかけるような目でハルを見つめると、ハルの綺麗な瞳からすっと一筋の涙が落ちた。
 よく見たら、ハルの指先も私と同じように震えていた。
 それを見た瞬間、私はハルのことをこれ以上ないほどの力で抱きしめた。