「もう駄目だ……仮眠する」
 寝床を作るために椅子を四つ繋げて毛布を敷いていると、東堂がそこに倒れ込んできた。
 髪はぼさぼさで、目は赤く充血している。余程疲れているんだろう。
 私は寝ころんだ東堂の上にそっとタオルケットをかけた。
「おやすみ、東堂」
「……お前さ、ハルのこと、ちゃんと見てやれよ。一挙手一投足、見逃さないように」
「え……?」
「悪い……寝る……」
 寝ぼけながら放たれた言葉は、まるでまもなくハルがいなくなってしまうかのような言葉だった。
 私は再び、嫌なざわつきを感じながら、自分の胸に手を当てた。
 もう彼は寝てしまったので、声をかけることもできない。

「東堂、寝た?」
 すると、背後からハルがやってきて、私の肩越しに眠っている東堂を覗いた。
 私はなんとか平静を装って、うんと笑顔で頷く。
 ハルは開けっ放しだったカーテンを閉めて、眩しすぎる朝日を東堂のために遮った。
「本当に提出時刻ギリギリに出したからさ、ひやひたしたわ」
「そんなにギリギリだったんだ。ハルはもう、完成品観たんだよね?」
「うん、提出した後、東堂と二人で観た」
「……どうだった?」
「すごく良かった。東堂はやっぱりセンスあるな」
 背伸びをしながら、なんだか清々しい表情でハルは笑った。
 良い作品になったのならよかった。私も早く完成品を観てみたいよ。
 ハルは伸びをしきった後、私の顔を見つめてから、ふと視線を床に落とす。
「どうしたの? あ、ハルも仮眠する?」
「いや、大丈夫。この後用事があるから荷物まとめる」
「あ、そうなんだ。バイトでも始めるの?」
 そう問いかけると、ハルは私の手を引っ張り、「ずっと密室にいて疲れたから外へ行こう」と、切り出した。
 私はハルに言われるがまま腕を引っ張られ、大学の中庭に向かった。
 青々とした木々が立ち並ぶ中庭で、ハルはベンチに座った。
 今日は日曜日なので人も少なく、中庭は私たちの貸し切り状態だった。
 大きな木の影に隠れながら、ハルは突然私の手を握りしめ、語りだした。

「俺と東堂の出会いを、冬香は知らないよな」
「うん……、いつか聞いてみたいなとは思ってたけど」
 どうして突然そんなことを語ってくれる気になったのか分からないまま、私は頷く。作品づくりを終えて、気持ちの整理がついたのだろうか。
 ハルはどこか遠くを見ながら、昔のことを思い出し始めた。
「俺、高校ではひとりも友達作らなかった。親戚の家に引き取られてから間もなくて、色んなこと整理しきれてなかったから」
 教室でひとりぼっちのハルなんて想像がつかないけれど、高校でのハルは孤独だったんだ。
 その事実に、私はすでに少し驚いてしまった。