熱い涙が、目頭からじっと込み上げてくる。
 ハルを置いて自分が進んでしまうことが、罪のように感じる。
 私は彼を助けることはできなかったし、最後まで事実に気づくことが出来なかったから。
 そんなことで怯えて泣いている私を見て、ムトーはとてつもなく悲しそうな顔をした。
 それから、頭をぶるぶると横に振ってから、私の頬を優しく叩いた。

「“何があっても、生きることが正解”なんでしょう⁉ あんたはそう言ったんでしょう、ハルに!」
「い、言ったけど……」
「消えないわよ! ハルが冬香の中から消えるわけないじゃない! 何言ってんの!?」
 ムトーの鋭い言葉が、胸の中にストレートに入り込んできた。
 本当に、消えないだろうか。私は怖くて仕方ないのに、ムトーはどうしてこんなに強いんだろう。

「キサラギホールで会った時、ハルは言ってた。どうしても、最後に冬香に会いたいんだって。会って、冬香が少しでも自分を受け入れられるよう、背中を押してあげたいんだって……」
「ハルが、そんなことを……?」
「でも今の冬香は、自分のことを受け止めてない。冬香は過去が受け入れられないんじゃなくて、今の自分のことが受け入れられてないんだよ!」
 
 ハルは、私を成長させる気持ちで、私の痛みを共有してくれていたんだろうか。
 だとしたら、私は全然成長できていない。 
「冬香、戻ろうよ。ハルと最後に撮った作品、冬香はちゃんと観てないよね……?」
 ムトーのと言いかけに、私は静かに頷いた。
 あんなに汗を流して撮影した作品を、私はまだ一度も最後まで観ていない。
 向き合うことが、怖かったから。

「お願いだから、観てほしいの。冬香、あの作品はね、ハルは冬香のために作ったんだと思うよ……っ」

 私を諦めたくないと言ってくれた友達が、私のために泣いている。
 どうしてこんなにも優しい手を、今振り払えるだろう。
 向き合うことは怖い。過去はいつも私の足を重たくする。振り返ったからと言って、前向きになれる可能性なんてない。

 だけど、私はきっと、見届けなくてはいけないんだろう。
 ハルが、私のために残したメッセージを、胸に留めなくてはいけない。
 

 たとえどんなに悲しくても、やりきれなくても。





 なんとか映像コンクールの締め切りに間に合い、私たちは無事に作品提出を終えた。
 あとは大人しく結果を待つのみだ。
 東堂が朝まで編集を粘ってくれたため、まだ私たちですら完成品を観ていない。
 ハルは朝まで東堂に付き添って完成を見届けたと聞いたけれど。
 
 いつもより早く部室へと向かうと、そこには編集室に寝泊まりした東堂とハルがいた。
「と、東堂……、よく最後まで粘ったね。ありがとう!」
 すぐに東堂に駆け寄って言葉をかけると、東堂は赤い目を擦りながら無言で親指立てた。
 ハルも少し疲れ切った様子で、東堂と同じように眠たそうに目を擦っている。
 後からやってきたヨージと麻里茂とムトーも、珍しく東堂に優しい言葉をかけ始めた。
「東堂ナイスファイト! ヨージとムトーと一緒に何か東堂の好きなもの買って来るよ」
「麻里茂がなんでも買ってあげる! そして明日の夜打ち上げしよ!」
「東堂マジお疲れ、ハルも付き添いありがとう」
 撮影が押しに押してしまったため、編集期間が十分に取れなかったにも関わらず、東堂はやり切ってくれた。
 私たちが真剣に撮影した映像を、東堂に全て託したんだ。
 まだ通し出は観れていないけれど、きっといい作品になっているはず。
 今日はもうボロボロの様子だから、明日上映会をして打ち上げをしようと、ヨージが提案してくれた。
 皆それに賛同し、麻里茂とムトーとヨージの三人は、一先ず東堂のためにお菓子を買いに行った。