何事もなかったかのように私にクリームパンを差し出すハルに、私はどうしようもなくドキドキしてしまう。
 口にした甘く柔らかなクリームパンは、驚くほど美味しくて、ただのコンビニの菓子パンなのに、信じられないほど幸せの味がした。
 ハルが今ここにいるから。ハルが笑ってくれるから。
 私の日常の幸せの針は、ハルの存在でいとも簡単に振り切ってしまう。
「きょ、共鳴したい……」
 ハルへの気持ちが溢れ出して、思わず口から零れ落ちてしまった言葉にハッとした。
 本当に、無意識のうちに口から零れ落ちてしまった。
 口元を手で押さえて固まっていると、ハルがおいでと言って私の肩を抱きよせる。
 それから、毛布で優しく私を包み込むみたいに、私のことを抱きしめた。
 ハルの、お日様みたいな香りが全身に広がって、心臓がバクバクと高鳴っているのが自分でも分かった。
 
 ハルが好きだ。この人を、ずっと守ってあげたい。ずっとそばにいてあげたい。
 愛しくて苦しいなんて、生まれて始めて感じた。
 ハルと出会わなければ、こんな気持ち知ることはできなかった。

 ハルは今私と共鳴して、同じ気持ちでいてくれている?
 私がどんなに君を大切に想っているか、ちゃんと伝わっている?
 
 指先に力を込めてそんな問いかけをしていると、ハルが声も出さずに頷いた。
「この力があってよかったな……。冬香の痛みを知りたい時も、幸せな時も、どっちも一緒に分かち合える……」
 あまりに優しい声でそう呟くので、私はより一層抱きしめる力を強めてしまった。
 そんな風に抱きしめ合っていると、頭上に大量の何かが降ってきた。
 それは、真っ白な桜の花びらたちだった。
「急いで来たらなにイチャイチャしてんのよ、腹立つからかけてやった」
 散っていた桜の花びらを両手ですくって私たちにかけたのは、遅れてやってきたムトーだった。
 その後ろに他のメンバーがいることにも気づき、私たちは慌てて体を離した。
 麻理茂は「気にせず続けて」と面白そうに煽ってきたので、私は思わず立ち上がって機材を背負った。
「ご、ごめん、撮影始めよ」
「顔真っ赤なんですけど。麻里茂まで恥ずかしくなっちゃうわ」
 麻里茂たちに、あんまりからかうなよと言ってから、ハルも同じように機材を担いだ。
 ヨージが演者の人たちを連れてきたので、私たちは気を取り直して本格的に撮影を始めることとなった。
 
 天気は幸いにも快晴で、背景が抜群に映えている。
 カメラ担当の私は、三脚を土の上に置いて、バランスを調整した。
 それから、演者と共に脚本を最終確認にして、流れを掴むために軽いリハーサルを行う。
 ムトーはメイク役として参加し、演者の服装もイメージに見合ったものを用意してくれた。
 麻理茂はマイクの確認をしながら、ノイズが入っていないか真剣にチェックしている。
 東堂はカメラの補佐をしながら、カメラのカットを指示し、ヨージとハルはモニターを観ながら、演者の指導を行った。
 真剣だった。このメンバーなら、最高の作品が撮れると信じているから。

「じゃあ、本番始めます。五秒前、三、二……」
 私の掛け声で、撮影が始まった。
 びりびりとした良い緊張感のある空気が、指先まで伝わってくる。
 ハルが思いを込めて考えた言葉を、演者が声にし、表情に出す。
 気づいたら息が止まってしまうほど、集中してしまった。
 東堂に肩をぽんと叩かれなければ、呼吸を忘れてしまっていたかもしれない。
「はい、一旦チェックしまーす」
 ヨージの掛け声で、演者も含めて映像をその場で確認することとなった。
 所詮素人だ。まだまだ手作り感あふれるカットに少し落ち込んだが、きっと東堂がセンスある編集をしてくれる。

 そうやって私たちは、一カ月、二カ月と、夏まで撮影を続けた。
 青春のど真ん中にいる時は、これが青春だと気づかないというのは本当だ。
 後になって思い返すと、あれは二度と手に入らない宝物の様な時間だった。

 でも、きっとハルは、あの時からこの時間の大切さに気付いていたんだろう。
 だから、この映画を撮ろうと決めたんだろう。
 その覚悟に気づかないまま、私たちは汗を流して撮影を続けた。
 

 ハルにとってこの作品が、本当に最初で最後の作品になると知らずに。