全てが順調かのように思えた。
眩しくてキラキラしていて、これが青春なのかもしれないと、そう心から思った。
……でもね、こんなに沢山“ヒント”があったのに、気づかなかったのは、現実を見て見ぬふりしていただけなのかもしれない。
結局私はいつもそうやって、大切なものを指の隙間からさらさらと取りこぼしていたんだ。
〇
「なぁ、共鳴することに協力してくれる話、冬香はちゃんと覚えてる?」
撮影場所の代々木公園に、ハルと一緒に向かっていると、突然ハルが半年ほど前の約束を問いかけてきた。
桜は満開を過ぎて、少しずつ新緑へと移り変わろうとしているところで、通り過ぎる木の幹には桜の花びらが山盛りになっている。
ハルと一緒に重たい機材を運びながら、私はその質問に答えた。
「覚えてるよ。でも結局あんまり実践できなかったね」
ハルと抱き合うのは、結局悲しい時や辛い時がほとんどで、お互いを慰め合うハグしかできていない。
ハルに自分の気持ちを伝えた今、あれほどしていたハグをすることが少し恥ずかしく感じてしまう。
「俺はいつでもいいのに、冬香が嫌がるからな」
「い、嫌がってないよ」
照れ臭さで思わず否定する声が裏返ってしまい、私は更に顔が熱くなっていくのを感じた。
集合場所に速足で進んでいくと、スマホがポケットの中で震えた。
機材を抱えつつメッセージを開くと、私とハル以外の全員が電車の遅延で動けないというメッセージが届いていた。
「皆遅延で遅れるって。どうしようか」
「じゃあ、機材置いて昼ご飯でも食べようぜ」
ハルはそう言って、近くの幹にシートを引いて機材を置いた。
そして、私に荷物番をするように頼んでから、公園外のコンビニまで向かっていった。
ひとり取り残された私は、土の感触が伝わってくるシートに座りながら、葉桜を見上げる。
このまま、ずっとこんな風にハルや皆と過ごしていたいと、心から思う。
でもきっとこんな風に流れる時間は一瞬で、一年後には就活でサークルにも滅多に来られなくなるだろう。
私たちにとって、最初で最後の作品づくりになるかもしれない。
そう思うと、この一分一秒が恐ろしく大切に思えてくる。どんなに技術が発達しても、時間を増やすことなんて誰にもできないのだから。
ハルは今、私たちと過ごして楽しいと思ってくれているだろうか。
私を見て、お母さんのことを思い出し辛くなったりはしないのだろうか。
幸せな日々を送っていても、まだ起こってもいない心配をしてしまうのは私の悪い癖だ。
今日を生きていて、今日のことしか考えずに生きれたのは、一体どのくらい前の話だろう。
「冬香、おまたせ」
「わっ、冷たい」
ぴとっと冷たい緑茶を頬に当てられ、私は思わず肩をびくつかせてしまった。
後ろにいは屈託のない笑顔をしているハルがいて、私は呆れたように笑いを返した。
ハルはコンビニ袋いっぱいに買ったおにぎりとパンをシートに置いて、私の隣に座った。
「冬香どれがいい?」
「うん、あ、ちょっと待って」
ふと、ハルの髪の毛に桜の花びらがくっついていることに気づき、私はハルの髪にそっと触れた。
日の光に当たると白く透けるハルの黒髪は、細くて猫の毛のように柔らかい。
「はい、取れた」
白く丸い花びらをハルに見せると、ハルはそんな私の手を取り、急に真剣な顔つきになった。
それから、ハルが私の前髪を優しく指で払うと、徐々にハルの綺麗な顔が近づいてきた。
一瞬だった。たった一瞬だけ、ハルの柔らかい唇が額に触れた。
驚き目を丸くしてハルを見つめていると、ハルは優しく目を細めて笑った。
その光景が、あまりにも幸せで眩しくて、でも同時になぜか儚く感じて、胸の中が苦しくなった。
私の幸せと不安はどうしていつもセットなんだろう。
こんなに美しい日々が、一体いつまで続くだろう。そんなことばかり考えて、泣きそうになってしまう。
「び、びっくりした……」
「びっくりさせてやった」
「ハルはいつも突然だから」
「怒んなよ。ほら、冬香の好きなクリームパン」