皆私とハルを見て、何か言いたげな顔をして、じっと立っている。
 泣いている麻里茂の背中を撫でながら、私は彼女の言葉に耳を傾けた。

「私の兄が、冬香のことを襲ったのは本当なの……。私、レイプ未遂の兄の妹って言われて、実はずっといじめられてた……」
 いつも明るい麻里茂に、まさかそんな過去があったなんて知らなかった。
 だって彼女はいつも笑顔で、誰とでも仲良くできる女の子だったから。
 あの事件の犯人の妹という事実には驚きを隠せない。だけど、“今”目の前にいる彼女の声を聞き落とさないようにしなければと、そう思った。
「冬香とは他校だったけれど、ずっと兄の罪は私に付きまとってきた。高校生になったら、絶対変わるんだって決めて、誰とでも仲良くできる八方美人を必死に演じた」
「麻里茂……」
「でも、どうしても、罪の根幹は消えなかった。私を苦しめた根元と仲良くなることが、自分にとって一番のトラウマの解消法だと思った……。偶然同じ大学に入ったと知ったとき、私はこれは神からのお達しなんだと思った。冬香と仲良くなって、冬香を笑顔にできれば、私を長年苦しめていた呪縛からは解放してあげるよっていう、神様からの……」
「うん、分かった。もう、分かったよ、麻里茂……」
「サークルに入ったのは、暫く校内で冬香をつけていたから。早く罪意識から解放されたくて必死だった。ごめんね、最低だよね、私っ……」
 初めて聞かされる真実に、私はただ彼女の背中をさすることしかできなかった。
 兄の罪を勝手に背負わされていじめられてきた麻里茂の中学生時代は、きっと“どん底”だっただろう。
 八方美人の仮面を被らなければ生きていけないほど、辛い思いをしたんだろう。
 そんな誰にも話したくない過去を曝け出して、彼女は今こんな雪の中私を探しに来てくれた。
 こんな彼女を、友達と思わないでなんと思えばいいと言うのだ。
 そんな私たちのそばに、ゆっくりとムトーが寄ってきて、苦しそうな表情で私に静かに頭を下げた。
「ごめん、私も、冬香の記憶喪失のこと知ってたのに黙ってた。ハルと再会できるように仕向けたのは私で、ハルが記憶喪失じゃないことも知ってた……」
「なんでムトーが謝るの……おかしいよ、やめて」
「私にとっての親友はあんただけだから……、ハルに会うためだけに三年勉強してきたあんたを隣で見てきたから……どんな手を使ってでももう一度出会ってほしかったの」
 私はムトーを……詩織をあんなに傷つけた過去があるのに、どうしてそんなことを言ってくれるの。
 知らなかった彼女の想いに、私は言葉を失ってしまった。
 こんな嘘をついてまで、ムトーは私とハルを引き合わせてくれた。
 そんなの、私が責めるはずない。
「ありがとう、ムトー。ハルともう一度、出会わせてくれて……」
 ムトーは歯を食いしばって首を横に振った。
 私はそんなムトーの手を握って、ありがとうと、もう一度言った。

「ムトーと偶然キサラギホールで再会して、その時に冬香が俺に会うために同じ大学を目指して入ったことを知った。その時、記憶喪失のふりをしてでも冬香に会いたいと、俺がお願いしたんだ。ムトーがそれを受け入れてくれなかったら、会う勇気は湧かなかった……」
 ぽつりとハルが呟いた言葉に、ムトーは再び首を横に振った。
「私も、隣にいて辛かっただけなんだ……。冬香がこれ以上ハルの影を追って生きていくことが……」
 高校の三年間、なんだかんだムトーは私の隣にいてくれた。
 ずっと狂ったように勉強ばかりして、過去だけを見つめて生きていた私なのに、ムトーは何も言わずにそばにいてくれた。
 麻里茂とムトーの、出会うべくして出会った経緯は今分かった。
 けれど、ヨージと東堂は、同じ高校で一体どんな共通点があったというのだろう。
 後ろに立っている二人に目をやると、ヨージが静かに口を開いた。
「俺と東堂とハルの三人は同じ高校だったけど、ハルは俺のことを知らないと思う。だから、俺は本気でハルは記憶を失っている過去があるんだと思ってた」
「そうだったんだ……」
「ハルは高校で、何もしてないのに目立ってて、規則の厳しい高校なのに自由で器用で……正直勝手に妬んでた。勝手に嫌っていた。そんなハルと……まさかサークルで再会するとは思ってなかった」
 ヨージの家は厳しい家柄だと聞いていた。
 自分でその殻を破るために必死になっていたヨージにとって、ハルの存在はすごく自由に見えてしまったんだろう。
 いつも穏やかで優しいヨージにも、そんなに人間らしい感情があったんだ。
「ハルがサークルに入ってきたその日、不思議と何か変われるかもって思えた。俺はきっと、妬んでるだけじゃなく、ハルと話したかったんだと思う……」
 ヨージの言葉に、ハルはそうか、と小さくこぼした。
「俺は、ヨージのことまだ全然知らないけど、高校生の時もヨージと映画の話できてたらなって、思ってた……」
「……うん、俺も。ハルと一緒に、もっと映画も撮りたい」
 私たちは、どんな理由であろうと、出会うべくして出会っていたんだろうか。
 そう思うと、今までの一日一日がとても尊く思える。