「それは、神様からもらった命だからとか、ハルがいなくなったら悲しむ人がいるとか、そんな美しい理由じゃないよ。ねぇ、何があっても生きることが正解なの! それが、この世で決まってる、唯一正しい答えなんだよ! ハルは生まれてきて、正解なの! 誰もそれを否定できないの!」
ハルがいたから、ハルと出会えたから、私は少しずつ自分のことを好きになれたんだよ。
ハルが生きているから。今ここにいてくれるから。私はこんなに悲しんだり必死になったりしているんだよ。

「ハル、お願いだから、自分の命を否定しないで……。私は、ハルの命が愛おしくて、すごくすごく大切だよ……」

ハルの背中に涙を押し付けながら、最後にぽつりとそう呟いた。
涙の跡がどんどん大きくなって、ハルの背中に染み渡っていく。
濡れたシャツが冷たい。涙が止まらない。

私は君に、どれだけの想いを伝えられるだろう。

「……俺さ、冬香に初めて抱きしめられたあの日、生まれて初めて安心感を知ったんだ。人の鼓動って、どんな慰めの言葉よりも安心するんだって、初めて分かった……」
ハルが、ゆっくりと私の腕を外して、体を私の方に向き直した。
ハルの頬には透明な涙が伝っていて、そんな彼の心中を表すかのように、彼の背景では銀色の雪が深々と降り積もっている。

君の心は、どこにありますか。
私の心は、ここにあります。
今、君のためだけにあります。

「ずっと、ずっと考えてた。どうしてこんな奇妙な能力を授かったのか。どうして心臓を治す力じゃなくて、心を共鳴させる力を神様は与えたのか……」

君の心に降り積もった雪に、今、触れてもいいですか。そんな問いかけを、胸の中で繰り返した。

「でも、やっと分かった。ずっと自分の生に疑問を抱いていた俺に、生きてることを実感させるために、きっと神様はこの力をくれたんだ」

ハルの腕にぐっと体を抱き寄せられ、力強く抱きしめられた。ハルの声はずっと震えていて、学生の時の強いハルの面影はどこにもなかった。やっと、本当のハルに触れられた気がした。

「冬香を抱きしめる時だけは、心は自分の中にあると思うことができた……」

涙が溢れて止まらない。
体がこのままひとつになればいい。
ハルを取り巻く不安の全てを、吸い取ってあげたい。

好きだ。君が。
心臓が震えあがるほど、君が好きだ。

この感情がひとつも残らず彼と共鳴していることを願う。
ハルを抱きしめる力を強めると、ハルはずっとずっと我慢していた何かが溢れ出したかのように、私の名前を口にした。

「ごめん、もうずっとずっと前から、冬香が好きなんだ……っ」
その言葉は、私の鼓膜を優しく震えさせて、愛おしいという感情を増幅させた。
すぐに言葉を返したいのに、嗚咽が止まらなくなり、感情が形にならない。
でも、ハルは、私の気持ちを聞かずして、どこか安心したように呟いたんだ。

「やっと、伝えられた……」
そんな風に言われたら、余計涙が止まらなくなってしまう。
強くはない君を、守りたい。
守ってあげたい。ううん、守ってみせるよ。
この心臓が、止まるまでは。

「ハルと、ずっと一緒にいたいっ……。私と一緒に、生きてほしい」

……雪が、音もなく羽のようにゆっくりと落ちていく。
私たち以外誰もいない学校は冷え切っているのに、君の腕の中は涙が出るほど温かい。
君は、この体の中に、どれだけの雪を降り積もらせて、耐えてきたんだろう。
誰にもその凍てついた心を見せることなく、笑顔の仮面を貼り付けて生きていくのはどれほど辛かったんだろう。