そしてそこには、こう書いてあった。

『母さんよりも、その冬香という友達の方がよっぽど大事なんですね。もういいです。私は最後まで孤独だったんですね。さようなら』

その文を読んだ瞬間、私がハルのお母さんを死に追い詰めてしまったという罪意識が、鋭く心臓を貫いた。
その瞬間頭の中が真っ白になって、全身の穴から汗が噴き出ていたと思う。
倒れてしまいたいのはハルの方のはずなのに、私はそこで意識を失くしてしまったんだ。

どうして、どうして、どうして、こんな残酷なできごと、私は忘れていたんだろう。

「ハル……、私、思い出したよ……全部」
全てを悟った私は、震えた声でハルに語りかける。
あの日みたいに、ドクンドクンと心臓が激しく動いている。
「私あの後入院して、ハルがお見舞いに来た時には、心因性の記憶喪失になっていたんだよね……。それで、もうあの日のことを思い出させないように、私の母親がハルに二度と会わないよう約束させた……。お母さんが異常に過保護になった理由はそこにあったんだね」
「ごめん……。結局俺は、俺の勝手で、冬香に辛いことを思い出させた……っ」
ハルはとても辛そうな声で、私に謝り続けた。私はそれを、黙って聞くことにした。

「でも、どうしても、どうしても、会いたかったんだ……。冬香に。でも、冬香を傷つけないように再会するには、過去のことに触れさせないことが必要だった。だから、俺が記憶喪失になったことにすれば、冬香は俺たちの過去を掘り下げたりしないと思ったんだ……」

君はやっぱり、私を守るために嘘をついていたんだ。
こんなにボロボロになるまで。
あんなにドロドロの記憶をひとりで背負って。

そんな想いをしてまで、私に会いに来てくれた君を、一体私がどう責めるというのだろう。

「冬香と離れて、死にたくなる夜は何百回と訪れた。そもそも、生まれてから一度も、自分の生に対して罪悪感がつき纏わないことはなかった。母親は、俺の命を守ろうとして壊れたんだから」
私と離れた三年間、ハルはどんな気持ちで過ごしていたのか、想像するだけで胸が痛みくなる。
母親を目の前で失ったことのショックを抱えながら、ハルは知らない親戚に引き取られて東京ヘ行ったんだ。

「俺はずっと、何度も自分に問いかけてきた。俺は生きてて、正解なのかってっ……」

誰も知り合いがいない土地で、君は自分が生きていることを責めていたというの。

ねぇ、そんな辛い出来事が、私の知らないところで君を襲っていたというの。

そんな悲しみが降り積もったせいで、君は今もなお自分の命を大切に思えていないというの。

聞いたことないくらい弱々しい君の声が、悲しくて悲しくて、胸が千切れそうだよ。

「ハルっ……! なんで、なんでそんなこと、言うのっ……」
私は、黒いカーテンを手で勢いよくめくり上げて、ハルの背中に後ろから抱きついた。
心音を押しつけるように、今互いに生きていることを実感できるように、強く強く抱きしめた。
「許さない、今度そんなこと言ったら、絶対許さない……っ」

……ずっと、ずっと答えを知りたくて生きてきた。
本当の正義とはなんなのか。正しい心とはなんなのか。

私は今まで、本当のことを言うことが、震えるほど怖かった。
世間での正解とのズレと向き合うことが怖かった。

でも今は怖くない。ハルが、自分の心は自分のものだと、教えてくれたからだよ。
そうしたらね、不思議と答えもでてきたの。ずっと、分からなかったことなのに。ずっと、答えなんか出ないと思っていたことなのに。

「ハル。何があっても、命がある限り、生きることが正解だよ」

君の心臓に直接届けと。
そう思いながら、私は言葉を続けた。
いつの間にか、大粒の涙が頬を伝っていた。それでも私は、伝えることを諦めない。