「どうして、怒んねぇんだよ……冬香は。今まで大嘘をついていたのに」
「怒らないよ。何か理由があったんでしょう」
そう真っ直ぐ答えると、ハルは暫く黙りこんでから、うん、と静かに頷いた。
それから、何かを決心したように、カーテンの中で彼は語りだした。
その事実は、今深々と降り積もっている雪よりも冷たく、残酷なものだった。
「……俺は、この中学を卒業してない。辞めたんだ。冬香から離れてと、冬香のお母さんに言われたから」
「私のお母さんに……?」
「冬香が襲われた事件の後、俺は毎日冬香の家に通ってた。冬香が心配で仕方なかった。……でもその時、実は俺の母親も離婚を気に精神を病んでいたんだ」
「そう……だったんだ」
「俺の治療費が原因で、家計はかなり苦しかった。俺に向かって早く死ねばいいと言う日もあれば、泣いて謝ってくる日もあった」
ハルから語られる過去は、信じられないほどに重く、そんなことをあの時全く感じていなかった自分が許せない。
ハルの家庭環境があまり良くないことは知っていたし、家にいたくないから私の家に遊びに来ていたことも知っていた。
でも私は聞かなかった。聞けなかった。
ハルのことを心配すると、ハルは必ず笑うから。
何も言えなくなった私は、彼を抱きしめることしかできなかった。
「……分かっていたんだ。俺は半分、現実から逃げるために冬香に依存していたこと」
「ハル、私はそんな風に思ってないよ……」
「そんな自分の甘えのせいで、あの日、突然失った……」
「あの日って」
「冬香に能力を告白したあの日、俺のことを拒否して傷つけたと思った冬香は、俺を家まで追いかけてきた……」
必死に記憶をあの日に戻してみる。
けれど、なぜかあの日以降の記憶が曖昧で、白い靄がかかったように、記憶を消してしまっている。
ハルはそこで言葉に詰まってしまい、布越しでも分かるほど、肩を震わせていた。
神経を集中させて、その白い靄がかかりきっていない寸前のところまで記憶をたどってみる。
……そうだ。あの日私はハルを拒否してしまい、傷つけたことを凄く後悔していた。
そして、すぐに謝ろうと彼のことを追いかけたんだ。
そういえばハルの家に行くのは初めてで、少し緊張していた。
玄関に入ろうとするハルの背中の目の前まで距離を縮めて、私はハルの肩に手をかけようとした。
だけどハルは、私の方を振り返らなかったんだ。
そう、まるで、石みたいに固くなっていた。
何かを見てしまったハルは、その場に膠着していた。
ハルの細い肩越しに見てしまった光景に、真っ白くて濃い靄がかかっている。
「……母の、自殺現場を、目の当たりにしてしまったんだ、俺たちは」
ハルの衝撃的なその言葉で、頭の中にあったその白い靄が一気に吹き飛んだ。
そして、あの日の衝撃的な映像が頭の中に舞い戻ってきてしまった。
ああ、そうだ。なんで忘れていたんだろう。ひとりでは抱えきれない真実が重くのしかかって、私はその場に崩れ落ちそうになった。
ーーあの日私たちは、ハルのお母さんが手首から血を流して息絶えている様子を目の当たりにしてしまった。
ハルは何も叫ばずに、泣きもせずに、その光景を黙ってじっと見つめていた。
私も一切声を出せずに、その場に崩れ落ちた。ハルの親といえど、それは恐怖だった。人生で初めて死を目の当たりにしてしまった。
ドクンドクンと心臓が激しく動き、酸素が薄くなっていく。
落ち着け落ち着け、といくら唱えても何も変わらない。
まるで太鼓の太いバチで心臓を直接叩かれているかのような衝撃が、全身を襲ってくる。
「は、ハル……、救急車呼ぼうよ……」
「……意味ないよ。もう、遅い……」
お互いの声が、信じられないほど震えていた。
正気ではいられない状況の中で、ふと玄関先に落ちている手紙に気づいた。
私は、恐る恐るハルの母親が残したであろうその手紙に触れてしまった。
「怒らないよ。何か理由があったんでしょう」
そう真っ直ぐ答えると、ハルは暫く黙りこんでから、うん、と静かに頷いた。
それから、何かを決心したように、カーテンの中で彼は語りだした。
その事実は、今深々と降り積もっている雪よりも冷たく、残酷なものだった。
「……俺は、この中学を卒業してない。辞めたんだ。冬香から離れてと、冬香のお母さんに言われたから」
「私のお母さんに……?」
「冬香が襲われた事件の後、俺は毎日冬香の家に通ってた。冬香が心配で仕方なかった。……でもその時、実は俺の母親も離婚を気に精神を病んでいたんだ」
「そう……だったんだ」
「俺の治療費が原因で、家計はかなり苦しかった。俺に向かって早く死ねばいいと言う日もあれば、泣いて謝ってくる日もあった」
ハルから語られる過去は、信じられないほどに重く、そんなことをあの時全く感じていなかった自分が許せない。
ハルの家庭環境があまり良くないことは知っていたし、家にいたくないから私の家に遊びに来ていたことも知っていた。
でも私は聞かなかった。聞けなかった。
ハルのことを心配すると、ハルは必ず笑うから。
何も言えなくなった私は、彼を抱きしめることしかできなかった。
「……分かっていたんだ。俺は半分、現実から逃げるために冬香に依存していたこと」
「ハル、私はそんな風に思ってないよ……」
「そんな自分の甘えのせいで、あの日、突然失った……」
「あの日って」
「冬香に能力を告白したあの日、俺のことを拒否して傷つけたと思った冬香は、俺を家まで追いかけてきた……」
必死に記憶をあの日に戻してみる。
けれど、なぜかあの日以降の記憶が曖昧で、白い靄がかかったように、記憶を消してしまっている。
ハルはそこで言葉に詰まってしまい、布越しでも分かるほど、肩を震わせていた。
神経を集中させて、その白い靄がかかりきっていない寸前のところまで記憶をたどってみる。
……そうだ。あの日私はハルを拒否してしまい、傷つけたことを凄く後悔していた。
そして、すぐに謝ろうと彼のことを追いかけたんだ。
そういえばハルの家に行くのは初めてで、少し緊張していた。
玄関に入ろうとするハルの背中の目の前まで距離を縮めて、私はハルの肩に手をかけようとした。
だけどハルは、私の方を振り返らなかったんだ。
そう、まるで、石みたいに固くなっていた。
何かを見てしまったハルは、その場に膠着していた。
ハルの細い肩越しに見てしまった光景に、真っ白くて濃い靄がかかっている。
「……母の、自殺現場を、目の当たりにしてしまったんだ、俺たちは」
ハルの衝撃的なその言葉で、頭の中にあったその白い靄が一気に吹き飛んだ。
そして、あの日の衝撃的な映像が頭の中に舞い戻ってきてしまった。
ああ、そうだ。なんで忘れていたんだろう。ひとりでは抱えきれない真実が重くのしかかって、私はその場に崩れ落ちそうになった。
ーーあの日私たちは、ハルのお母さんが手首から血を流して息絶えている様子を目の当たりにしてしまった。
ハルは何も叫ばずに、泣きもせずに、その光景を黙ってじっと見つめていた。
私も一切声を出せずに、その場に崩れ落ちた。ハルの親といえど、それは恐怖だった。人生で初めて死を目の当たりにしてしまった。
ドクンドクンと心臓が激しく動き、酸素が薄くなっていく。
落ち着け落ち着け、といくら唱えても何も変わらない。
まるで太鼓の太いバチで心臓を直接叩かれているかのような衝撃が、全身を襲ってくる。
「は、ハル……、救急車呼ぼうよ……」
「……意味ないよ。もう、遅い……」
お互いの声が、信じられないほど震えていた。
正気ではいられない状況の中で、ふと玄関先に落ちている手紙に気づいた。
私は、恐る恐るハルの母親が残したであろうその手紙に触れてしまった。