「え、どうしたの、ハル……?」
「ごめん、なんでもない」
「なんでもなくないでしょ。顔色悪いよ? 大丈夫?」
心配になり、思わずハルの顔を覗き込むと、ハルは私の背中に突然腕を回して、私を抱きしめた。
ザーザーという雨音が、かすかに窓から聞こえる。湿っぽい空気の中、ハルの心音と雨音が混ざり合っていく。
ハルは今、共鳴しようとして私を抱きしめているの?
それとも、何かを恐れて抱きしめているの?
「ハル……? どうしたの。何か言って……」
「嫌われる前に、抱きしめたかったんだ。ずるくてごめん……」
「嫌わないよ。どうしたの……」
ぎゅうっと力強く抱きしめられたあと、ハルはとても辛そうな顔で、ごめんと、再び謝った。
どうしてそんな顔をするの。ハル。
「開いていいのね? ハル」
私は彼に確認を取ってから、アルバム写真を開いた。
どうして彼がそこまでアルバムを開くことを渋るのか、何も分からないまま胸のざわつきだけが大きくなっていく。
ゆっくりと開いたそこには、衝撃的な集合写真があった。
「あれ……? 私とハルがいない」
右端に、私は欠席者として載っていた。
ああ、そうか、私、この写真撮影の日に不登校になっていたんだっけ。
そうだった。確かあの暴行未遂事件のあとに、暫く外へ出ることが怖くなってしまって……。
ハルもその時、同じように学校を休んでいたの?
「ハルも、この日休んでたの……?」
でも、ハルに至っては欠席者としてさえ載っていない。
そういえば、その時の記憶がすっぽり抜けている。
あの事件が起きてから、ハルが東京へ行ってしまうまでの期間が、ぎゅっと縮まり繋がって記憶されている。
「あれ、待って……」
あれ、私、卒業式まで学校に通えていなかったんだっけ……。
本当に、あの事件のトラウマが原因で、外に出ていなかったんだっけ……?
そこまで考えを巡らせたとき、ズキっと鈍痛が頭に走った。
「痛っ……」
「冬香、そんなに無理に考えたら」
「……ううん、思い出したい。大切な人たちだからこそ、逃げたくないの。真実を知りたいの」
頭を抑えながらそう言うと、ハルはぐっと何か言葉を飲み込んだ。それから、私の手からアルバムを取って、自らその卒業写真のページをじっと眺めた。
ハルも、何かを思い出そうとしているのだろうか。
そう思い、ふと彼の顔を覗きこむと、彼の瞳には大きな雫が溜まっていた。
そしてその透明な雫は、ぽたりと卒業アルバムに落ちて、丸い染みになった。
「え……ハル……?」
驚き彼の名前を呼ぶと、ハルは無表情のまま涙をもう一粒落とした。
どうして泣いているの、ハル。
何かを思い出してしまったの?
涙がするりと滑り落ちた、ハルの白い頬にそっと触れようとしたその瞬間、ハルは遠い独り言のようにぽつりと呟いた。
「ごめん、どうしても、最後に会いたかったんだ……」
それは、私のことを覚えている前提の台詞にしか聞こえなかった。
驚き茫然としている私を見て、ハルは真っ黒な瞳を震わせている。