「ハルに会いたい……っ」
私の願いはただひとつなのに、なぜその唯一のひとつが絶対に叶わない願いなんだろう。
神様、こんなに欲に塗れた世界で、私はたったひとつしか願っていません。それなのにどうして、叶えてもらえないんでしょう。
その願いが叶うためなら、私はなんだってするのに。
ハルに会いたい。
もう一言も会話をできなくたっていい。
声を聞いたり、笑いかけてもらえなくたっていい。
ハルに会いたいの。それだけなんだよ。
「冬香……、ハルはきっと」
「ごめん東堂、私やっぱり帰る」
「え、おい、待てよ。ハルの過去作品の上映がまだ」
「無理だよ! 向き合えないよ。ハルとの幸せだった日々と向き合う方が、辛かった時を思い出すより何億倍も辛いよ……っ」
「じゃあ、お前の心はこの先もずっとずっと過去フォルダしかないのかよ! 何ひとつ受け入れずに手に入れられるものなんてないだろ!」
東堂の荒々しい声が、大きなホールに響いた。東堂は私を見つめながら、胸を上下させて大きく呼吸をしている。
こんなに取り乱した東堂を、見たことがない。それくらい、彼は今真剣に私と向き合ってくれている。
「分かってるよ……。でも、私は、そんな勇気出ないよ……」
震えた声がホールに響く。東堂は、これ以上なんの言葉も出ないという顔で、私を見つめていた。
失望させてごめん。私だけ、あそこに立ち止まったままでごめん。皆と一緒に進めなくてごめん。ごめん、ごめんね。
でも私は、まだ過去の中で生きていたい。何かを手離したり受け入れたりして、自分の人生を新しく切り替えるなんてできない。
私は東堂にごめんと呟いてから、学生会館のホールを後にした。
鉛を噛み締めるような気持ちで、私は再び未来に背を向けて歩き出した。
◯
失ってしまった記憶がある。
そして、私たちは偶然に再会した訳ではない。
受け入れることのできない真実が、突然現実を襲ってきた。
私は福崎さんの言葉に意識を失ったまま、気づくと敷布団の上で寝ていた。
あの日、ムトーに問いかけても、ムトーは黙り込んだまま何も言ってくれなかった。
唇を噛んで苦しい表情をしたまま、体を揺すられるがままだった。
直感的に、その失った過去の中に、ハルや皆との秘密があると思った。
もしかしてハルと私は、同時に記憶を失っていた……?
そんなことが、ありえるだろうか。
思い出そうと自分の脳に問いかけてみても、何ひとつ出てこない。
私は次の日の早朝に、山を自力で降りてある場所へと向かうことを決めた。
皆が寝静まった頃を見計らって、私は上着だけ羽織って木の扉をゆっくり開ける。
疲れ切ったように寝ている皆は、やっぱり偶然出会えた友達にしか見えなくて、何かへの同情だけで繋がってるようには思えなかった。
真実を知りたい。その気持ちだけで、ドアをぐっと押しあける。
早朝のひんやりとした空気と、透明感のある細い光が部屋の中に入り込んだ。
自分のことは自分で確かめるしかない。
そう決めた私は、一方外へ踏み出した。
駐車場まで歩くと、そこには思わぬ人物が立っていた。
……ハルだった。
「どうして、ここに……」
「山から降りるなら、運転するよ。行きたい場所があるのなら、ついていく」
「でも、そしたらハルは記憶を……」
そこまで言いかけると、ハルはなんとも言えない笑顔で首を横に振った。
記憶を無理矢理思い出してしまうかもしれない。それなのに、一緒についてきてくれるの?