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数年ぶりに大学に来て色々思い出し過ぎたせいか、突然頭蓋骨ごとかち割られるような激しい頭痛が私を襲った。
私は頭を両手で押さえつけて、思わずデスクに両肘をつけて俯いた。そんな私に、隣の席にいた東堂がすぐに気づき、どうした? と小声で呼びかけてくる。
「あ、頭痛い……」
私の弱々しい声に、東堂は静かに頷いてから立ち上がり、私の腕を引き寄せた。
作品はまだ上映中で、皆映像に集中している。 ムトーや麻里茂、ヨージも私たちの様子に気づいていたが、東堂が口パクで外に出るサインをしてくれたので、静かに二人で抜け出すことになった。
冬季合宿の作品の上映会だったせいか、私は最も辛く思い出したくない瞬間を、脳裏に映し出してしまった。
その瞬間、唐突な頭痛と吐き気が襲ってきたのだ。
それほどに、あの日のことは衝撃的だったんだ。
学生会館の広い廊下には、休日ということもあり殆ど人がおらず、千鳥足な自分の不恰好な足音がよく響く。
そんな私の肩を支えたまま、東堂は私を窓際のベンチに座らせてくれた。
「大丈夫か、冬香……」
「ごめん、ありがとう」
東堂が近くの自販機で買ってくれた水を飲んだが、未だに頭痛はおさまらないし、動悸も止まることはない。
そんな私を見て、東堂は眉根を寄せて同じように苦しそうにしている。
「……何を、思い出した」
東堂の問いかけに、私は頭を両手で抱えて、絞り出すように答えた。
「自分の記憶が……欠けていたことに気づいた時」
あの日、福崎さんと再会したことから、ハルとの再会の喜びが一変するなんて思ってもいなかった。
あんなに残酷な過去が私たちにあったなんて、思いもしなかった。
今思い出しても、目眩がするほどの衝撃。吐き気がするほど、苦しく辛い瞬間だった。
「私……、思い出さない方が良かったのかな。そうしたら、もっとハルと一緒にいられたのかな……」
「冬香」
「思い出さなかったら……。ううん、私と再会しなかったらもっと……」
「冬香! しっかりしろ……。ハルとの過去を、否定するな」
東堂が、今にも泣き出しそうなくしゃくしゃの顔で私を見つめている。
でも、そんな東堂の必死な言葉も入ってこないくらい、私の心は再び空っぽになってしまった。そんな私に向かって、東堂は語り続ける。
「俺は、あの冬季合宿の日、永遠をテーマにしたいって言ったよな。……それは、永遠なんてないこの世界でも、自分の記憶の中に存在する人だけは、永遠になれるんだってことを伝えたかったんだ」
「記憶の中にいたって……ハルはもう」
「これからも、ハルは、お前の頭の中に永遠に存在し続けてる。……俺の妹も、そうだ。もう二度と触れられなくても、この世で会えなくても、俺が生きてる限り俺の記憶に存在し続けてるんだ」
「東堂の妹……?」
「妹とはもう会えない。俺が高校生の時に交通事故で亡くなった」
東堂が、自分の過去も口にして、こんなにも言葉を使って気持ちを届けようとしてくれている。それなのに、空っぽな私の心には、永遠という言葉がすり抜けていくだけだ。
私は、ハルをそんな存在にすることはまだできないよ。彼の存在をそんな風に受け止めるには、まだまだ時間がかかるよ。
もう、ハルと抱きしめ合うことはできない。
声も、笑い方も、どんどん忘れていくの。
人間の記憶力なんて本当に使い物にならなくて呆れるよ。
数年ぶりに大学に来て色々思い出し過ぎたせいか、突然頭蓋骨ごとかち割られるような激しい頭痛が私を襲った。
私は頭を両手で押さえつけて、思わずデスクに両肘をつけて俯いた。そんな私に、隣の席にいた東堂がすぐに気づき、どうした? と小声で呼びかけてくる。
「あ、頭痛い……」
私の弱々しい声に、東堂は静かに頷いてから立ち上がり、私の腕を引き寄せた。
作品はまだ上映中で、皆映像に集中している。 ムトーや麻里茂、ヨージも私たちの様子に気づいていたが、東堂が口パクで外に出るサインをしてくれたので、静かに二人で抜け出すことになった。
冬季合宿の作品の上映会だったせいか、私は最も辛く思い出したくない瞬間を、脳裏に映し出してしまった。
その瞬間、唐突な頭痛と吐き気が襲ってきたのだ。
それほどに、あの日のことは衝撃的だったんだ。
学生会館の広い廊下には、休日ということもあり殆ど人がおらず、千鳥足な自分の不恰好な足音がよく響く。
そんな私の肩を支えたまま、東堂は私を窓際のベンチに座らせてくれた。
「大丈夫か、冬香……」
「ごめん、ありがとう」
東堂が近くの自販機で買ってくれた水を飲んだが、未だに頭痛はおさまらないし、動悸も止まることはない。
そんな私を見て、東堂は眉根を寄せて同じように苦しそうにしている。
「……何を、思い出した」
東堂の問いかけに、私は頭を両手で抱えて、絞り出すように答えた。
「自分の記憶が……欠けていたことに気づいた時」
あの日、福崎さんと再会したことから、ハルとの再会の喜びが一変するなんて思ってもいなかった。
あんなに残酷な過去が私たちにあったなんて、思いもしなかった。
今思い出しても、目眩がするほどの衝撃。吐き気がするほど、苦しく辛い瞬間だった。
「私……、思い出さない方が良かったのかな。そうしたら、もっとハルと一緒にいられたのかな……」
「冬香」
「思い出さなかったら……。ううん、私と再会しなかったらもっと……」
「冬香! しっかりしろ……。ハルとの過去を、否定するな」
東堂が、今にも泣き出しそうなくしゃくしゃの顔で私を見つめている。
でも、そんな東堂の必死な言葉も入ってこないくらい、私の心は再び空っぽになってしまった。そんな私に向かって、東堂は語り続ける。
「俺は、あの冬季合宿の日、永遠をテーマにしたいって言ったよな。……それは、永遠なんてないこの世界でも、自分の記憶の中に存在する人だけは、永遠になれるんだってことを伝えたかったんだ」
「記憶の中にいたって……ハルはもう」
「これからも、ハルは、お前の頭の中に永遠に存在し続けてる。……俺の妹も、そうだ。もう二度と触れられなくても、この世で会えなくても、俺が生きてる限り俺の記憶に存在し続けてるんだ」
「東堂の妹……?」
「妹とはもう会えない。俺が高校生の時に交通事故で亡くなった」
東堂が、自分の過去も口にして、こんなにも言葉を使って気持ちを届けようとしてくれている。それなのに、空っぽな私の心には、永遠という言葉がすり抜けていくだけだ。
私は、ハルをそんな存在にすることはまだできないよ。彼の存在をそんな風に受け止めるには、まだまだ時間がかかるよ。
もう、ハルと抱きしめ合うことはできない。
声も、笑い方も、どんどん忘れていくの。
人間の記憶力なんて本当に使い物にならなくて呆れるよ。